対レバノン戦争とアメリカ(アル・ナハール紙)
2006年07月25日付 Al-Nahar 紙

■ サハル・ブアースィーリー「対レバノン戦争のプレイヤー(1)アメリカ」

2006年07月25日付アル=ナハール紙(レバノン)論説面

 コンドリーザ・ライス国務長官が中東歴訪をレバノンから始めたということは、現在起こっている戦争がアメリカの国益にとって中心的な重要性を占めていることを物語っている。そして停戦は問題の根源に対処するものでなければならないという立場に彼女が固執していることは、今後レバノンを、そしておそらくはこの地域全体を待ち受ける事態の困難さを物語っている。

 ライス長官の今回の訪問は予備調査を目的とするものだと言われた。その背景には、以前の状況に復するような解決策は受け入れないという彼女の立場がある。レバノンにおける「人道状況に深く憂慮する」というが、それは別の事柄であって、アメリカ政府の辞書に言うところの「変化をもたらすためには避けられない代償」に類するものである。

 解決策のありかたは未だに不明確である。ライス長官が携えてきたのはアイデアであって、プロジェクトではない。それは国際部隊によるのか?NATO軍か?EU軍か?目的はヒズブッラーをイスラエル国境からリタニ川以北まで遠ざける緩衝地帯の設置なのか?1段階で完結するものなのか?複数の段階に分けた解決策なのか?

 解決策を明確にすることこそ最も難しい課題であろう。何故ならレバノン危機のプレイヤーの多元性とそれぞれの戦略的利害の対立ゆえに、この危機が及ぼす影響は多岐にわたる複雑なものだからである。アメリカもまたこの危機に対して利害を有し、独自の政策をもっている。それがアメリカの提案するなり受け入れるなりする解決策のかたちを左右することになる。

 イランとは真剣に「交渉する」ことは出来ないというのがアメリカの立場の前提である。核問題についてもそうであるし、イランの中東とくにイラクにおける影響力の拡大についても、イランがヒズブッラーを通してイスラエル北部あるいは中東全域に戦端を開くことが出来る以上、交渉することは出来ないとの立場である。それはアメリカのシリアに対する政策についても同様である。ヒズブッラーという切り札を引っ込めないかぎりはシリアに対する圧力を強めることは出来ないという立場である。

 イスラエルについては、周知の通りアメリカはいかなる理由があろうともイスラエルの安全を脅かす武力の存在を認めない。その武力が正当なものであろうとあるまいと、レジスタンスであろうと、認めない。占領地であろうが係争の地であろうが、とにかく認めない。

 レバノンには、ブッシュ政権の「新しい」中東というプロジェクトの枠組みの中でもつ意味がある。このプロジェクトは、アメリカが特にイラクで蒙った敗北や、アメリカの過ちに対するアラブの見解にもかかわらず、アメリカ政府が掲げつづける単なるスローガンというわけではない。駐留シリア軍の撤退によってレバノンで実現した成功の後、ブッシュ政権はいわばこの胎児を保護することに利益を見出しているのである。

 アラブ「友好国」については、アメリカはそれらの利益を保護するとともに、それら諸国の表明する立場を自らの武器にしようと努めている。その最たるものがサウジアラビアがヒズブッラーに対して表明した立場であり、それと類似した立場をエジプトとヨルダンがとっている。これらの立場をアメリカはイランとの対決やシリアへの圧力のために利用しようとしているのである。

 もちろんアメリカ政府の内部には政策や危機の解決に影響を与える複数の潮流が存在している。ペンタゴンの新保守主義者や国務省のより穏健な政治家たちなどである。イランやシリアとの軍事的対決を望む者がいれば、シリアとの接触のチャンネルを開き解決策の中に取り込むことで同国をイランから切り離そうと呼びかける声もある。

 ここで、アメリカの複数の政策目標を調整し、対レバノン戦争を停止させ、「危機の根源」に対処しうるような対策があり得るのかという疑問が立ち上がってくる。レバノンがこの枠組みの中で、レバノンの目標を実現するとともに重大な結果を回避しうるような対策についてヴィジョンを提示できるのかどうかという疑問が立ち上がってくる。ワシントンが解決策を明確化することに遅れイスラエルの行動を座視することによって、またワシントンの明確化する解決策がバランスを欠いたものとなることによってもたらされる重大な結果をレバノンが回避しうるのか、ということである。ただし、ワシントンが決定した事柄の実行に成功するか失敗するかは、また別の話である。



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( 翻訳者:森晋太郎 )
( 記事ID:3132 )