イスタンブルのメッカといわれるチャルシャンバで服装に大きな変化(Radikal紙)
2006年08月13日付 Radikal 紙

「個性」がかつて“イスタンブルのメッカ”と呼ばれたファーティフのチャルシャンバ地区でももんぺやマントの座を揺るがしている。一時期こぞって履かれた幅広の「ヤヴズ・スルタン・セリム」タイプのもんぺは、もはやその地位を携帯電話用のポケットの付いたよりスリムなハーフもんぺに譲ったようだ。

タイイプ紳士服店で仕立てをしているA.I.は、「残念ながら皆個性に負けつつある。もんぺを履く人も少ないし、マントを着る人も…」と言った。だが仕立てた何十枚ものもんぺやマントや法服襟のシャツに囲まれて、彼もまた若さを名残り惜しんでいることは明らかだった。というのも彼はVネックのTシャツを着て、細いリネンのパンツを履いているからだ。

チャルシャンバはもともと次のような様相を呈していた・・・マントにもんぺ姿でほおひげをはやし、祈りの言葉を口ずさむかのように唇を震わせる男性。その隣に、というかたいていは後から、ベールの奥の瞳から夫のむき出しのきびすに目をやる黒いベールをかぶった女性。これが“イスタンブルのメッカ”の姿であった。(クーデターの)実行者が「ポストモダン」と呼んだ1997年2月28日クーデター(※)までは。ではその後どうなったか?

タイイプ紳士服店はチャルシャンバを「方向づける」イスマイルアア・モスクの下にある。20軒近くある他の紳士服店とは違って、狭い地下貯蔵室のようである。A.I.の(古めかしい)ミシンでも、マントや丸帽子に囲まれるとモダニズムを代表している。A.I.は働きはじめて10年になるといっても、まだ25歳である。まだらに生やしたもみあげから続くほおひげは、信仰深い若者というより、この街の「こざっぱりした、端正な容姿の若者」という雰囲気を醸し出している。

■チャルシャンバ・スタイルはこれだ!

A.I.はまずもんぺを見せてくれた。このチャルシャンバの仕立て屋が発展させた「4つのタックの入った」ズボンはハーフもんぺと呼ばれている。ハーフもんぺは、ズボンよりもゆったりしていて、もんぺよりも細身のものである。「もともと10年前はもんぺだけが履かれていました。預言者ムハンマドとその教友が履いていたとされているものです」とA.I.は語る。

A.I.が「ムハンマドの教え」と言って指差した6つのタックのもんぺは「ヤヴズ・スルタン・セリム」と呼ばれている。このもんぺの人気がなくなると、ハーフもんぺが作られるようになった。「もう着る人はいません。チャルシャンバから一歩出ればおかしな服に見えますからね。マドラサ(イスラム学院)が閉鎖されてからは学生もいなくなったので着る人はいないのです。いまどきの若者は、ハーフもんぺをはくか、全く履かない人もいます」。

「ヤヴズ・スルタン・セリム」の王座を奪ったハーフもんぺには、若者たちの要望により、元のもんぺにはない携帯電話のポケットが付けられている。M.Y.は「私を含めて、若者は個性を抑えられない。礼拝はするがマントを着る勇気はない。お年寄りたちはいまだにもんぺを履いている。以前は、注文に追いつくことが出来なかった。週に60~70本の「ヤヴズ・スルタン・セリム」の需要があった。今や週に1本か、全くないことも...」。

もんぺはシャツと合わせて決める。シャツには2種類ある。サファリシャツとカナディアンシャツだ。マントには3種類ある。法服襟とブハラ襟とジャケット襟だ。ムハンマドの教えに忠実な人は、大文字のUを思わせるブハラ襟のマントを着ている。一番ポピュラーなのはジャケット襟だ。丸帽子やターバンはもう通りではあまり着られなくなった。主に礼拝の時に使われている。

タイイプ、ブルセヴィ、ヌルといった紳士服店は20軒を数える。これらの店は、チャルシャンバだけでなく、アナトリア、さらにはドイツ、オランダ、オーストリアから来た信徒にも商品を提供している。A.I.はこれにも関わらず、(本来の様式に)欲望が勝っていることや、その状況により廃れた自らの仕事に対して悲しんでいる。

■若者の象徴、ロングコート

広さ5平方メートルの店の右手には、婚礼衣装が飾ってある。刺繍が施され、薄手で長く色とりどりである。M.Y.はここブラク衣装店の店員だ。まだ18歳である。地区にある40軒ほどの「イスラム風」婦人服店の(店員の)ようにスカーフをかぶらないし、男性と話すのを避けようともしない。

婚礼衣装の隣のスカーフの下には家着コーナーがある。価格は20~80リラの間。M.Y.は「ここ5年ほど、こうした家着が好まれています。お年寄りの着る厚い生地の服はもうカウンターの中にしまってあります。昔は正反対でした」と言う。

隣りの棚には黒やその他の色のスカーフが吊るされている。スカーフはベール付きか、針で止めるタイプかで2つに分けられている。M.Y.は、ベール付きのスカーフは自分を魅力的に見せたいと願う女性たちに人気があると話す。「アイラインをひいて、マスカラを塗り、ヒールのある靴をはいている、そんな娘もいます。若い娘は黒いスカーフよりも袖口や襟に刺繍のついたロングコートを選んでいます。若者たちはお年寄りとは違って見えるよう、黒いスカーフではなくロングコートを買うのです。若者であることをアピールしたがっているのです」。

イスラム風スカーフの売れ行きは落ちこんでいる。ファーティフの住民が買い物に訪れるチャルシャンバ・バザールの商人の一人、フェルハット・コチャックは、売れ行きの落ち込みに驚きの色を隠せない。「昔は1000枚以上売れたものだったが、今は350枚ほどしか売れない。昔のようになればいいが、手の打ちようがない」。


※1997年2月28日クーデター:大統領を長とし、参謀総長などで構成される国家安全保障評議会(MGK)が「アタテュルクの(打ち立てた)原則と革命を譲歩することなく実行する」という決定を下し、宗教色の濃い福祉党(RP)のネジメッティン・エルバカン首相に退陣を迫った事件。エルバカン退陣後、祖国党(ANAP)のメスト・ユルマズを首班とするANAP-民主左派党(DSP)-正道党(DTP)政権が成立した。RPには憲法裁判所により解散命令が出された。(参考:http://tr.wikipedia.org/wiki/28_%C5%9Eubat_s%C3%BCreci(トルコ語))

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( 翻訳者:井上さやか )
( 記事ID:3252 )