コラム:トルコの北イラク攻撃がもたらすもの
2007年10月27日付 al-Quds al-Arabi 紙

■ イラクの一角に対するトルコの総攻撃

2007年10月27日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP1面

【アブドゥルバーリー・アトワーン(本紙編集長)】

昨日アンカラで行われたトルコとイラク政府による交渉の決裂は、イラクによるクウェイト侵攻の2日前に行われた故サッダーム・フサイン政府と隣国クウェイトの交渉を想起させる。後者は、サウジの仲介により同国の街ターイフで行われた。

ターイフ交渉は、当時の皇太子代表によるクウェイト側がイラクの要請に応えなかったため決裂した。イラク側の要請とは、イラクへの資金援助、ルメイラ油田からのイラク石油引き込みの停止、価格を大幅に引き下げる事となる過剰な石油を世界市場に出さないようにする事等であった。クウェイトは、これらの要請を行き過ぎであり実現不可と評した。皇太子が、クウェイトは略奪に屈しないとする有名な宣言を行った翌日の明け方、同国首都はイラクの戦車に慄かされた。

PKK党員の引渡し並びに北イラクにある同党拠点の破壊を要請していたトルコ政府は、イラク派遣団との集中協議の翌日、これらの要請に対して成されたイラク側の提案が不十分であると述べた。トルコが可及的速やかな解決を求めているにもかかわらず、イラク案は実現までに時間がかかり過ぎるというのが、その理由である。

交渉決裂は予期されたものであった。なぜならごく単純に、トルコは間違った相手と交渉していたからだ。派遣団が代表していたイラク中央政府は、北部では一兵たりとも動かすことができない。つまり、トルコとの国境を掌握しているのは彼らではない。イラクのクルド地域のどこにも、イラク国旗は掲げられていないのだ。

エルドアン・トルコ首相は、北イラクのクルド拠点を速やかに一掃すべしという多大な圧力を国民並びに軍部から受けている。もしここで躊躇を見せれば、同氏の街頭での人気と軍部との関係に影響する。

PKKは、その対トルコ軍活動により地域のバランスを完全に覆した。ブッシュ政権にとっては御免被りたい新たな頭痛の種である。イラクでは、スンナ派部族を取り込み対アル=カーイダ作戦を成功させつつあっただけに、この件は間が悪い。のみならず、それは究極の選択を迫ってくる。合衆国は、トルコという巨大な戦略的同盟国か、もしくは、北イラクのクルドという小さいがイラク情勢改善のキープレイヤーか、どちらかを選ばなくてはならない。

トルコが北イラクを席巻した場合、ブッシュ政権が最大の敗者となる。もし阻止しようとすればトルコを失い、黙認すればクルドを失う。ブッシュ政権は、トルコ政府に自制するよう強く求めてきたが、これまでのところ成功していない。外交努力に時間を許すようにとのライス米国務長官の呼びかけに対し、エルドアン首相はにべもなかった。合衆国は、イラクから数万キロ離れているにも関らず自国の利益と治安を守るという理由で、あらゆる方面の声に耳を貸さずイラク攻撃を実行したというのに、トルコがまだ実行してもいない事について説教するのか、というのが同首相の応答であった。

クルドは、イラクでの血みどろの戦争においてワシントンに連座したため、将来の見通しもなく物資と人命を犠牲にさせられた。今度は彼らが、合衆国を中東におけるその最大の同盟国と敵対させようとしている。トルコの襲撃に立ち向かうか、あるいは、彼らの唯一にして最大の成果、つまり悲運に見舞われたイラクの北方に築いたクルドの半独立国を諦めるか、彼らも二者択一を迫られている。

こうしてみるとPKKは、アメリカを中東における戦争と地域紛争に徐々に引き込んでいくアル=カーイダ理論を取り入れていると言える。意図的にかどうかは分からないが、結果としてそうなっている。

アル=カーイダは、ニューヨークとワシントンを攻撃する事により、合衆国とその軍をアラブ・イスラム圏での戦争に引きずり込んだ。そこでは、アル=カーイダの方が消耗戦に強い。ブッシュ政権はこの罠にかかった。PKKも、北イラクのアメリカにとっての安全圏を利用しトルコ軍を攻撃するというやり方で、同様の事を成した。トルコはこの地域を攻撃せざるを得ず、アメリカは地域で最大の敵と向き合う事になる。強固な米トルコ戦略同盟の崩壊、もしくは弱体化が起こり得る事態で、PKK側はほとんどこの目的を達しようとしているかのように見える。しかし逆に、クルド側、特にイラク・クルドが不利となる可能性もある。

トルコの軍部と政界では、イスラム主義派と世俗派が様々な事案について意見を異にしている。しかし彼らは、北イラクのクルド・モデル拒否という点では一致している。この例が、彼らにとっては構造的危機となる、シリア、イラン、トルコ領を含む大クルド国家の樹立に繋がるからである。したがって、トルコによるイラク・クルディスタン攻撃を、シリアが公然とイランが婉曲的に支持したのは驚くに当たらない。トルコ支持は、クルド独裁に嫌気がさしているイラクのスンナ派並びにシーア派アラブの間にも見られる。

恒常的に分離に向けて動き、米政権との間ではあからさまに特別な関係を築いてきたクルドだが、イラク、シリア、あるいはイランでも同様に、独立国家樹立という歴史的夢に向け彼らを導くリーダーシップを欠いてきた。現在の政治的壊滅状態がその証拠である。そのため彼らは、自身が居住する地域及びその周辺において真の友人を得る事ができず、今回の危機に際しても、欧米を含め、彼らの救済に走る、あるいは彼らの側にあえて立とうという国が出てこない。この場合、敵対することになるのが、大量破壊兵器を開発しようとしていたサッダーム・フサインではなく、NATO第二の軍事力と世界で19番目の経済力を有する大国トルコであるというのも原因ではある。

クルドは、何処の国でも困難な環境で暮らしてきた。彼らの民族としての権利、文化、政治的権利は、最低限でも保証されているとは言い難く、また彼らの歴史は虐殺と同盟者に対する失望に満ちている。しかし、彼らのことを恩知らずだと言う声もある。イラクのアラブは、トルコやイランが与えなかったものを彼らに保証した。自治と民族的アイデンティティである。近年はもとより、サッダームの時代でさえそうであった。それなのに彼らは、アラブに完全に背を向け敵視し、アラビア語を英仏独語などより下の地位に置いた。イラクのアラブ人は、スンナ派であれシーア派であれ、イラクのクルド地区へ入るのにビザを要し、クルドの保証人がいないと居住を許されない。

トルコの攻撃がもし起きれば、結果は保証できない。軍事行動は、更なる混乱とクルド側の軍事活動を増加させる。アメリカの戦略的同盟国が失われるだけではすまないだろう。かろうじて残っていた安定地域が崩壊する事により、地域のバランスが完全に狂うのは確実である。最大の敗者は間違いなく合衆国で、大多数のアラブ・ムスリムの信を失いトルコからも憎まれるようになっては、イスラム圏で信頼を勝ち得るのに多大な支障をきたすだろう。一方、北イラクの半独立クルド国家は、死闘の場となりイラクの他の場所と変わらない、つまり血みどろの混乱状態に陥るだろう。

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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:12273 )