アメリカ大使館占拠事件28周年記念コラム2:「アーバーン月13日について」(アッバース・アブディー)
2007年11月04日付 E'temad-e Melli 紙

 アッバース・アブディー

 「アーバーン月13日」〔1979年11月4日の米大使館占拠事件〕について、何か書いてほしいとの依頼を受けた。昨年、私個人のブログであるAyande.irで、すでにこのことについていくつかのエッセーを書き、〔私の下に寄せられた〕さまざまな意見に対して回答した。その結果、多少なりとも〔ブログの読者たちと〕相互理解が得られたとの感覚ももった。

 しかし当初より私が感じていたように、依然としてこの事件についての人々の意見は主に政治的なものであり、このような状況下では分析的な対話によって何らかの結論を得ることは難しいように思われる。このような状況を象徴するものとして、人々が抱く個人的意見と、彼らが公に表明する意見との間に存在する齟齬を指摘することができるだろう(もちろん、この事件を支持する人々にも、反対する人々にも、このような齟齬は存在する)。

 この問題をより詳細に説明するためには、現在起きている事柄から例を引くといいだろう。ここ最近、カスピ海の法的地位をめぐる議論が提起されているが、イラン国内でどれほどこの問題について公平無私な観点から、公に議論することができるだろうか。公平な議論が皆無であることは明らかだ。

 というのも、もしある人物が公平な視点からこの問題を眺め、(正しいか間違っているかは別として)現在受け容れられている政策のもっとも根本的な部分について反対意見を述べるならば、その人物は非国民であるとの誹りを当然のように受けるであろうし、それゆえそのような人物は沈黙を選ぶことになるからである。

 議論に公正さを求めるとしても、このようなこと〔=カスピ海の法的地位問題のような問題に関して一方的な意見を述べること〕は政治の世界では必ずしも誤ったことではないのも事実だ。というのも、相手方もまた同じことをしているからである。要するに、この世界は「思想の交流」の世界ではなく、「権力闘争」の世界なのである。

 「アーバーン月13日」もまた、イランとアメリカの政治的ないがみ合いが激しさを増していることも手伝い、いまだその生々しさを保ったままだ。いや、むしろ生々しさを増しているといえよう。この事件はその生々しさによって、政治的な対立の中心に位置し続けたままなのである。このような状況下では、支持しようと反対しようと、認めようと拒もうと、この事件をめぐるいかなる判断も現下の政治状況を反映したものとなる。そのため、この事件についての公平で科学的な評価は、不可能なのである。

 一部の人は、この事件を支持する気にはなれないかも知れない。それは事件のあった当時、その事件を支持していなかったから、というだけでは必ずしもない。むしろ、現時点でそれ〔=米大使館占拠事件〕を支持することがもつ意味に賛成できないと考えているが故に、それに異議を唱えているのである。同様に、一部の人はこの事件を批判する気にはなれないかも知れない。それはこの批判が現時点でもつ意味を容認できないと考えているからなのである。

 「アーバーン月13日」の事件は、いまだに「歴史」の仲間入りを果たしてはいない。この事件に関する科学的で公平な分析を望むことはできないのだ。もしこの事件を著した者がこの問題に利害を有する人物であると読者に判断されると、誰がどのような意見を言おうと、直ちに政治的なレッテルを貼られてしまうことになる——それは必ずしも的を外しているわけでもない。

 米大使館占拠事件についてより公正な判断を下すには、政治的な団結〔の象徴〕として同事件を評価する現在の強い傾向が、弱められる日まで待たねばならない。そのような日がいつか来るのを期待したい。



訳注:アッバース・アブディーは米大使館占拠事件に参加した大学生の一人で、その後ジャーナリストとして活躍、ハータミー政権時代に複数の改革系紙の編集長を務めた(いずれも短期間のうちに発行停止処分が科されている)。イラン国民の多くはアメリカとの関係改善を望んでいるとの世論調査を発表したところ、国家の機密情報を漏洩し、世論調査を改竄した罪で司法当局から逮捕され、有罪判決を受けた経験がある。

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( 翻訳者:斎藤正道 )
( 記事ID:12405 )