コラム:アラブ諸国における「フェイスブック」の普及と新世代の可能性
2009年08月03日付 al-Hayat 紙

■ フェイスブックはアラブ諸国の政府を脅かすか?

2009年08月03日付アル=ハヤート紙(イギリス)HP1面

【ジャミール・アル=ズィヤービー】

 本稿では、電子媒体による社会的コミュニケーションに関心を持つある読者から数日前に郵便で受け取ったエジプト人研究者の「フェイスブック」に関する研究の内容を概観するに留めたい。

 私の気に入ったのは、「フェイスブック」の世界についてこの研究者が、「今日の世代の間でネット上に大陸を形成している」と述べ、第三世界に支配的な「インターネット社会について考察することは知的な浪費の一種だ」との信念を批判していることだ。論文の問題点は、インターネット世界の住民の文化について多くの考察を示そうとしていない点である。 インターネット世界の若者らは政治や経済の世界に向かうとき、それらの世界が複雑なものであることを知るや、彼らのロマンティシズムは彼らが熱狂的であるが故に激しい挫折に見舞われることになるのだが、それでも彼らは仮想世界に暮らすのである。

 カイロ大学政治学科の研究者であるイスラーム・ヒガーズィー氏が行い、カイロ未来戦略研究国際センター(非営利の独立研究機関)が刊行したこの論文は、「エジプトの『フェイスブック』青年たちは現在のエジプトにおける新たな、市民団体にとっても未知の世代を立ち上げることに成功した」と指摘し、「この世代は近い将来に自らが望むことを実行し、自らの望む変化を起こすことができるようになるだろう」としている。

 「フェイスブック」はアラブの若者たちを自らの政府や祖国に対する反対行動へと動員し、彼らの倫理に欠損を生じさせるためのモサドの論壇であるとの主張が広まる中で、ヒガーズィー氏の論文は「フェイスブック」が、手を出すことのできない仮想の主体から民主主義を受け入れさせるための新たな手段であると述べている。それは包囲することのできない領域で出会い、様々の問題や共通の関心をめぐってあらゆる国や文化やアイデンティティの交流の場を築き、知識や意見を交換することを通しての営みである。そうして彼らはデジタルな民主主義環境を生き、民主主義的でない彼らの国々で民主主義的な思想を獲得し、それがインターネットのホームページや電子メールを通してデモや世論発信のため街頭に繰り出す意思のある膨大な数の若者たちの基盤となるのである。

 「フェイスブック」のユーザー数は増え続けている。つまり、「怠慢な」諸政府への圧力は増え続けるだろうということだ。「フェイスブック」の創設者マーク・ザッカーバーグ氏は最近、ユーザー数が2億5000万人に達したと発表し、「この数字に達したのは驚くべきことであるだけではなく、ユーザーの間の個人的な繋がりを示すものだ」と述べた。

 ヒガーズィー氏の論文は、「エジプトにおけるインターネット世界の仮想現実は、皆がその存在を感じる現象となったが、多くの場合その複雑さを知らない」と主張する。そして、インターネット世界に広がる文化に関して最近提起されている全ての問いを一度に提起しようと試みている。

 ヒガーズィー氏は、仮想世界の活動家らは現実世界を支配する資金と影響力の方程式を打破しうると信じており、おそらくそれは、彼が現実世界と併存する世界を創造した世代に帰属しているためかもしれない。

 ヒガーズィー氏の論文が重要なのは、仮想の文化をめぐる最初の研究の一つだからだと思う。そこに住まう人々は一つの世界に生きており、その世界は彼らにとっては真実の世界であり、現実の代替となるものである。誰も彼らのことについては多くを知らないが、彼らは既に各国政府にとって、現実的かつ理性的な、自覚ある対応を必要とする実際の課題になっているのだ。何故なら彼らは仮想のネットワークを形成したことで、畢竟新しい世代の大きな部分を代表する存在となっているからだ。このネットワークによって彼らは街頭に繰り出そうと試みており、或いは民衆を動かそうとしている。彼らは仮想の存在であるがゆえに、結局は民衆のもとに辿り着くことはできないのだが。

 諸政府は、「フェイスブック」青年らの能力を信じなければならない。彼らの武器はコンピュータのキーボードやデジタルカメラや、万人に開放され蜘蛛の巣のようにはりめぐらされたウェブページやフォーラムだけなのだが、それにも拘わらず資金と影響力の支配や伝統的な力の手段を打破し、治安当局や諜報機関の検閲を乗り超えることができるのである。

(後略)

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( 翻訳者:平川大地 )
( 記事ID:17483 )