スイスのミナレット反対論争はイスラーム嫌悪の表れ
2009年11月13日付 Al-Ahram 紙

■ スイスとイスラーム

2009年11月13日付アル・アハラーム紙(エジプト)HP 問題と視点面

【アリー・ムフスィン・ハミード大使】

スイスは最高級時計や良質のチョコレート産業、ドイツ系・フランス系・イタリア系の住民が三言語で共存しているという寛容性で有名である。またスイスは直接民主制を行使している唯一の国家であり、そこでは住民はいかなる新しい社会的・政治的変化に対しても、住民投票を行う。

西洋全体の中におけるスイスの独自性にもう一つ付け加わりそうなものがある。それは、スイス国内のモスクにミナレットを建てることを禁じようという、ある政治グループの願望だ。彼らは西洋にミナレットを完備したモスクが何千もあり、うち2000以上がアメリカに、1500以上 がイギリスにあることを知っているというのに。

スイスで意図的に作られている モスク問題は、ヨーロッパ全体の極右勢力が有している病的なまでの外人嫌いの表れであり、またムスリムの融合問題の一部でもある。ヨーロッパ人はムスリムの社会融合を拙速に進めようとし、自然な熟成や社会的な制度設計の行使を望まないために、その融合は自然な形では進行していない。それがムスリムたちを、根拠なく自分達を標的にしているとして一部の勢力を非難することに向かわせている。また同時に、同じような嫌がらせにあったり、メディアでイメージを歪曲されたり、新たな祖国への忠誠心を疑われたりしていない、ムスリムより古くからいる他のマイノリティの存在が見過ごされている。

一般的にヨーロッパでは、イスラームにヨーロッパのアイデンティティをもたせることの必要性をめぐっての論争が続いている。その提唱者たちは、世界のムスリムからヨーロッパ人ムスリムを切り離し、世界のムスリムの問題を自分の問題と捉えたり、それを擁護したりしないようにすべきだと考えている。すでにドイツやオランダでは、オランダ的なイスラームやドイツ的なイスラームが求められている。

1990年代初めにはヒンズー教徒の右派が、インド人ムスリムにインド的なイスラームを求める急先鋒だったが、それはアラビア語の名前を棄てて、アザーンと礼拝をアラビア語で行わないということを意味していた。ヨーロッパのムスリム・マイノリティは、イスラムフォビアの高まりは大抵、国内外の政治的目的と結びついていることに気づいている。

(中略)

 スイスでは、モスクへのミナレット付設を認めないとする案に賛成するかどうかをめぐり、住民投票がおこなわれる予定だ。スイスの右派はモスクではなくミナレットに反対することで、ムスリム・マイノリティに対する敵愾心を包み隠してしている。右派はミナレットにムスリムが自身の勢力のシンボルを見ていると信じている。しかし右派はこれが人権侵害であること、国際的に禁止された自国民のマイノリティへの差別にあたること、祈りの時間を知らせる鐘を鳴らすための塔がない教会を建てるなど、キリスト教徒には受け入れがたいのと同じことだということを理解していない。スイスの右派に先立つこと数年前、オックスフォード市の右派がイスラミックセンター・モスクのミナレットに反対し、この問題をめぐる論争がメディアを賑わせたことがあった。だが、この宗教・政治右派は敗北した。

美しき中道の平和国家スイスでは、右派潮流は人口の4パーセントに過ぎない 40万人のムスリムに不快感を持っている。右派は彼ら自身も認めているとおり、スイスの法を尊重し、その繁栄に貢献しているスイスのムスリムとの間に、現時点で問題を抱えているわけではない。ただ将来に対する恐れを表明しているだけなのだ。

 右派の主たる目的が自国のムスリムに対する差別にあることを明らかにするのは難しくない。彼らは他ならぬ ムスリムに対し、病的な嫌悪を抱いている。それはスイス一カ国に限った話ではなく、北から南まで多くのヨーロッパ諸国でよく見られる動きだ。最強の民主主義国家とてそれと無縁ではない。そしてまた、国内外の政治的目的の利用がアラブ・イスラエル紛争と関っていることも、明らかにするのは難しくないだろう。

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( 翻訳者:勝畑冬実 )
( 記事ID:17990 )