コラム:イエメンでの武器流通と部族社会
2010年01月28日付 al-Hayat 紙

■ 武器とイエメン人

2010年01月28日付アル・ハヤート紙(イギリス)HPコラム面

【ハッサーン・ハイダル】

テロの脅威を理由に、近頃は警官がまた武装するようになり、IDを細かく調べる検問所が街のあちらこちらに置かれるようになった。ヨーロッパの人々は、これを良しとしない。彼らにしてみれば、二度払いをしてしまった気分なのだ。まず、自分たちの国が標的にされたおかげで、罪もない人々が無差別爆破により殺された。そして、それに対する返礼として彼らの国は、やはり無差別の踏み込み捜査、所持品検査を行うようになり、公共機関、空港、港湾には武装した治安要員が展開した。ヨーロッパの人々は、次のように考えていた。自分たちの社会では平等が実現されている。だから、治安を守り違反者を罰する義務を国が有するにしても、それには、武器や武装警官といった武器庫を公開して見せる必要はない。

欧州ではそうだ。一方、イエメンでは事態は全く逆さまになる。武器や武装した人間、兵士であれ市民であれ、は、イエメンの人々の日常生活の一部である。子供のころから、そういった光景は脳裏に刻まれている。その光景は、家族と部族の伝統、長じて広く社会や政治の仕組みといったものを吹き込まれる内に更に大きくなる。そして、そういうもの無しでは違和感を覚え、果ては恐怖や嫌悪を生じる程になる。

この20年以上、イエメンには6千万ユニットの武器が存在すると言われてきた。人口の3倍である。しかしこの数字は過去10年、特に1994年の分離の試み以降、急上昇した。争う双方へ武器は溢れんばかりに流入し、しかも性能は向上している。その流通の仕方は、市場へ行けば、ロケット弾から装甲車まであらゆる種類、モデルの武器が見つかると言われた程であった。

イエメン人も、自分たちと武器との結びつきを茶化して次のように言う。もし、国外亡命したがっているイエメン人に第一希望の行き先を尋ねたら、皆が合衆国というだろう。なぜなら、その国では武器購入が自由であり自宅に武器を置くことができるからだ。

世界的な通信社のある特派員は、イエメンからの中継で、かの地の伝統的なスタイルの短刀を身に帯びてテレビに出演した。彼が言うには、伝統的装束が要請される部族の会合に出席しており、そのような場合には短刀が「男性用装飾品」として欠かせないとのことだった。

武器没収に尽力するイエメン政府は、武器を引き渡した者に充分な見返りを与えるため数1千万ドルを費やした。そしてイエメン人は、より高値で国に武器を売りつけるため市場で武器購入をするようになった。

また、イエメンでは人々は、国家以前に自身の部族や家族に忠誠をささげる。イエメンで、アル=カーイダのテロリストは、自身の出身部族の庇護を受けられる。本人の犯した罪がどれほどのものであろうとも、公的機関に追われていてもこれは変わらない。法に抵触した罪人を追跡すると、相手部族全体と対決することにしばしばなる。他の部族がそれを支援するということも起こる。

アラブ社会自体が部族的性格を強く有しているのは間違いがない。しかし、市民法に従うようになり、少しずつ伝統に対し柔軟な、異なる生活様式へと移行している。武器は姿を消し、都市部から離れた砂漠地帯でしか見られないようになった。ドバイやアブダビの通りを武装して歩くアラブ首長国連邦人はいないし、リヤドの通りでは四輪駆動の上に対空砲を装備して走りまわるサウジ人も見られない。

以上にかんがみ、欧米がイエメンを没落から救おうとするのは重要な任務であると思われる。ゼロに近い場所から国の復興再建を行うようなもので、また、今となっては地震に破壊されたハイチの復興が優先されるであろうが。

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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:18355 )