デミレル元大統領に子供がいた―2歳で亡くなった娘の名はレンギュル
2010年03月31日付 Zaman 紙

デミレル元大統領に子供がいたー2歳で亡くなった娘の名はレンギュル

スレイマン・デミレル元大統領が半世紀以上の間、誰にも口外せず、「秘密」として隠していた子供の名前と誕生日が明らかになった。

スレイマン-ナズミエ・デミレル夫妻が今日まで存在を隠していた子供、レンギュルのことがわかった。レンギュルは1953年の12月11日に生まれた。たった2年生きたデミレル夫妻の唯一の子供は1955年12月22日に亡くなったと伝えられている。デミレル氏は子供がいたことと、2歳で亡くなったことに関して公言、または公表しなかった。デミレル氏の関係者によると、「この情報を認めていない」とのみコメントした。

本紙が昨日発表した「60年間の秘密が暴かれた;スレイマン・デミレルは実は父親だったらしい」という名の記事は大きな反響を呼んだ。デミレル氏がこの件に関しての質問に答えないが、人生を若くして亡くなった子供に関して新しい情報が届いた。スレイマン・デミレル氏は高校を卒業した後、1948年に遠い親戚にあたるナズミエ・シェネルと人生を共にすることになった。大学在籍中に婚約したのを隠していたデミレル氏は、今日まで子供をもうけていないとされていた。デミレル氏が子供を授かっていないのは、ナズミエ夫人が1951年に重い病気にかかり、間違った治療をうけたためとされていた。

デミレル夫妻の子供が生まれ亡くなったのは、デミレル氏が政治活動を始める前である。1949年にイスタンブル大学建築科を卒業したデミレル氏は、電力事業局で仕事を始めた。彼は1949-1950年と1954-1955年にアメリカでダム、水力と電力に関して専門的に学んだ。こうした履歴から、氏の子供は渡米の前に生まれたとみられる。デミレル氏は1955年に国家水道総局(DSİ)総局長となった後、公正党の党首に選ばれた。その時期から大統領の地位を離れる2000年まで、政治活動禁止期間を除いて、常に政局の流れの中に身を置いていた。

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( 翻訳者:小幡あい )
( 記事ID:18798 )