自由船団に乗船していたイスラエル国会のアラブ系議員、ガザ封鎖の解除を訴え
2010年06月03日付 al-Quds al-Arabi紙


■ガザの封鎖を我々自身の解放につなげよう

2010年06月03日付『クドゥス・アラビー』(イギリス)HPコラム面

【寄稿:ハニーン・ズアビー】
* [筆者はイスラエル国内のアラブ系政党、国民民主同盟所属のクネセット(イスラエル国会)議員。イスラエル国内のイスラーム運動の指導者であるラーイド・サラーフ師らと共に自由船団に乗船していた。]

 自由船団のガザへの到着をイスラエルが妨害しにかかるであろうことは明らかだった。それは彼らが船に「テロリスト」が乗っていると確信していたからではないし、武器が密輸されることを恐れていたからでもない。イスラエルはガザに子どものおもちゃやノート、家屋の建設や電気、薬、工場などを禁じている。イスラエルがガザを封鎖したのは、イスラエル以外の誰かにその封鎖を解かせるためではない。ガザの降伏を封鎖解除の条件にするためだ。

 イスラエルはガザを降伏させたいのだ。だがガザは降伏するくらいなら封鎖が続くことを選ぶ。ガザと全ての誇りある人々は、ガザが降伏からも封鎖からも自由になるために闘っている。

 封鎖を利用してイスラエルは合法と非合法の線引きをしている。封鎖はイスラエルの国益に沿った行動をしない人間への懲罰なのだ。また封鎖はイスラエルにとって戦略的に貴重でもある。世界的なキャンペーンにすら、封鎖破りをイスラエルは許さないだろう。

 自由船団への海賊的行為が最大の罪なのではない。最大の罪はガザの封鎖である。大罪を犯している者にとっては、些細な罪を犯すことなど何でもない。

 ガザに到着出来る出来ないにかかわりなく、ガザ封鎖の黙認という共謀を打ち破ることに、自由船団は出航する前から成功していた。いわゆる国際社会も、アラブ人も、パレスチナ人ですら、その共謀に加担していた。自由船団に同行したメディアの大騒ぎは、ガザの封鎖を再び思い出させた。そして船団がイスラエルの作戦通り、ガザに到着出来なかったことは、もうひとつの事を思い出させ、イスラエルを再び犯罪者の範疇に戻すことになった。

 イスラエルの海賊行為がもたらした結果は、船上で起きた事態の当然で自然発生的な展開ではなく、事前にわかっていたことだ。ネタニヤフ首相、バラク国防相、アシュケナジー参謀総長。これらの立案し、命令を発した当人たちには、間違いなくわかっていたことなのだ。

 イスラエルが主張するように、船にテロリストが発見されたというのは事実ではない。イスラエルが連帯運動のメンバーたちをテロリスト扱いしたというのが事実だ。イスラエル軍のアビ・ベナヤフ報道官は、連帯運動の船は「テロリスト」を乗せており、救援船は「武器」を運んでいるとの前提に立って軍は行動すると何十回も公言してきた。そこからすでに結果はあらかじめ決まっていたのだ。この文章を書いている私を「テロリストだ」とか「手にナイフを持っている」などとイスラエル国会の議員たちが非難するとすれば、政治活動家を「テロリスト」扱いすることになろう。

 結果があらかじめ分かっていたというだけではない。その目的についても、船団を妨げることだけでなく、根本において、ガザ封鎖の解除に今後別の船が参加することをあらかじめ防ぐことにあった。そのためには人々の心に恐怖と怯えを植え付けねばならないと、イスラエルは知っていた。そのためには死者を出す必要があった。従って、死者が出たことは結果であっただけでなく、メッセージでもあった。次回の自由船団を呼びかけたり参加したりする誘惑に駆られる者たちへのメッセージなのだ。
(中略)

 イスラエルに挑戦する今回のようなイニシアチブに今後加わるであろう個々人を抑止する試みであったイスラエルの犯罪的な海賊行為を、封鎖を黙認している諸国の体制を恥じ入らせるための作戦へと転じねばならない。イスラエルが失敗を喫するかどうかは、アラブ諸国の公式な反応にかかっており、アラブ諸国の公式な反応は、大衆からの圧力にかかっている。自由船団はガザ封鎖を打ち壊すための作戦として始まったが、イスラエルの犯罪的な海賊行為の反響を梃子にして、それをアラブ諸国の政治体制が自らの自由意思に課している封鎖を打ち壊す作戦にしてゆこうではないか。自由船団の目的は、ガザを解放するだけでなく、我々自身をも解放することにある。ガザは封鎖されながらも我々を解放するのだ。

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(翻訳者:山本薫)
(記事ID:19315)