エジプトの体制変革、可能性のあるプレーヤーは誰か
2011年02月01日付 al-Quds al-Arabi紙

■エジプトの体制変革、可能性のあるプレーヤーは誰か

2011年02月01日付『クドゥス・アラビー』紙(イギリス)HP1面

【カイロ:ロイター通信】

フスニー・ムバーラク政権の終焉を求める抗議行動が続く中、エジプトで政権を取る可能性のある人物や団体をめぐる問いが浮上している。30年前に政権に就いて以来、ムバーラク体制はあらゆる政党の弱体化あるいは中立化を組織的に進めてきた。エジプトでは政党活動を拘束するために非常事態令が敷かれ、内務省が管轄する委員会が多くの政党に対し、正式な認可の取得を妨げてきた。そのうちの一つがムスリム同胞団だ。その結果、職能別組合と市民の人権団体、司法、メディアその他の組織が、まとまりを欠いたエジプトの反政府運動に役割を果たしてきた。今後エジプトで重要な役割を果たす可能性のある人物と団体を以下に紹介する。

ムハンマド・アル=バラーダイー(エルバラダイ):
 バラーダイー(68歳)は国際原子力機関(IAEA)の事務局長を務め、2005年にはノーベル平和賞を受賞、2010年にエジプトに帰国した。国際法が専門のバラーダイーは、事務局長の任期満了後すぐに政界に進出、エジプトは全面的な変革とムバーラクのような軍人による全体主義の終焉を必要としていると語った。バラーダイーはここ数カ月、長い時間をエジプト国外で過ごしたとして民主活動家の多くを失望させたが、木曜日(1月27日)に帰国し、暫定政権でいかなる役割でも果たす用意があると宣言、その後カイロ中心部のタハリール広場で抗議のデモ隊に向けて演説を行った。

ムハンマド・バディーウ:
バディーウ(66歳)は昨年、ムスリム同胞団の団長に就任した。イサーム・アル=アラヤーンやロンドン在住のカーミル・アル=ヘルバーウィなど、同胞団を代弁している人物は他にもいるが、同胞団が今後政府との協議に入るとすれば、それはバディーウ団長の承認あってのこととなろう。歴代の団長にも共通することだが、バディーウは保守派と目されており、一層の弾圧を恐れてエジプト当局との対決を避けてきた。ムバーラクはイスラーム主義者の阻止を政策のかなめとしており、火曜日来の抗議行動や略奪行為、秩序かく乱を煽っているとして彼らを非難している。ムスリム同胞団は非合法組織だが、一定の制約内での活動は認めているとエジプト政府は言う。

アイマン・ヌール:
ヌールは弁護士出身のリベラル政治家で、2005年の大統領選にムバーラクの対立候補として出馬したものの、ムバーラクの悪辣な声明に苦しめられた。ガド(明日)党の結党にあたって偽造書類を提出した罪に問われ服役したが、刑期5年のうち3年余り服役したところで釈放された。ヌールは元々の刑期が終了してから最低5年間、いかなる政治的な役職に就くことも現行法で禁じられているが、これは9月に予定されている大統領選への出馬を阻止するためだ。ヌールは以前、ワフド党選出の議員だったが、その後離党した。

アムル・ムーサー:
現アラブ連盟事務局長のアムル・ムーサーはかつてムバーラク政権の外相として国民の人気を集め、イスラエルとの和平交渉時代には、パレスチナ側を支持する彼の声明を称える歌が流行った。今のアラブ諸国の首脳体制をそのまま維持しようという保守的な組織であるアラブ連盟に移ったことは、いささか彼のイメージを傷つけたが、大統領に就任したら支持したい人物として多くのエジプト人が彼の名をあげている。ムーサーは抗議行動が始まって以来、声明を出し続けており、日曜日(30日)にはエジプトに複数政党制に基づく民主主義を望むと発言した。

アフマド・ズウェイル:
1999年にノーベル化学賞を受賞したズウェイルは昨年、政界進出への意欲を否定した。しかし、ズウェイルはアイマン・ヌールほか著名な弁護士複数を含む憲法改正委員会の立ち上げ作業を続けるために火曜日に帰国すると、新聞数紙が月曜日に報じた。エジプトのシュルーク紙は、新憲法制定にむけて賢人評議会を作るよう提案したズウェイルからエジプト国民宛てのメッセージを掲載している。

ハムディーン・サバーヒー:
サバーヒーはアラブ民族主義を信奉する政治家で、結党準備中のカラーマ党の党首。カラーマ党は政府から正式な認可を得られていない。2005年に議員に当選、アメリカ政府の圧力でムバーラクが憲法を改正したことを受けて、2005年の大統領選出馬を検討したものの、その後断念した。今年の大統領選には出馬が見込まれている。

キファーヤ運動:
尊敬を集める組合運動リーダーのジョルジュ・イスハークが2004年にキファーヤ運動を結成。ムバーラクが次男のガマール・ムバーラクに政権を移譲しようとしているのに反対する抗議運動を2005年に組織した。中間層の労働者の支持を得たものの内部分裂が原因で勢いを失った。だが先週、抗議行動が始まってからは、群衆の動員に役割を果たしているようだ。

その他のプレーヤー:
1952年革命の前にさかのぼる起源をもつワフド党はエジプトにおけるリベラル民主主義の伝統的な拠点であったが、ここ数年はムバーラク政権に協力したとみなされている。左派の国民統一進歩党も同じような役割を果たした。イスラーム行動党党首のマグディー・フセインはよく知られた反体制活動家だが、投獄と出所を繰り返している。

(本記事はAsahi中東マガジンでも紹介されています。)

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(翻訳者:山本薫)
(記事ID:21319)