コラム:リビア、懸念すべきシナリオ
2011年02月20日付 al-Quds al-Arabi紙

■リビア、懸念すべきシナリオ

2011年02月20日『クドゥス・アラビー』

【アブドゥルバーリー・アトワーン】

リビアで何が起きているのか、全く分からない。国営テレビは、首都トリポリでムアンマル・カッザーフィー大佐支援デモに数千人が参加というニュースを流すばかりだ。ひどく不透明な情勢である。当局はネット、つまり「フェイスブック」を遮断した。同国に外国人特派員はおらず、世界の通信各社とコンタクトするのは大多数が政権中枢の人々だ。そうではない人々も政権を恐れている。

しかしこれは、現在リビア各都市で起きている蜂起以前なら、同国の状況が良かったという意味ではない。リビアは、欧州社会主義体制崩壊以前のアルバニアにおけるエンヴェル・ホジャ[1985年没、アルバニア共産党党首、独裁者として知られる]の共和国に似ている。基本的な相違点としては、リビア指導者は、国庫に入る年間500億ドルに加え、2000億ドル強の莫大な石油資産の上に胡坐をかいているということだ。

現在のリビアにおけるインティファーダは、政治経済要因のみに帰するものではない。リビア人口の約52%を占める若者たち(25歳以下)は、その親の世代が過去40年にわたり受けてきた屈辱的な待遇を受け入れるつもりはないのだ。そしてラジカルな変革を要請するに至った。社会正義、民主化、富の公平な分配を主張している。

リビアのインティファーダは拡大している。東はビルカ地域の向こうの都市、西はトリポリやミスラータを越え、南部のベルベル地域ガダーミスにまで至っているとの報がある。

デモ参加者らは、体制変革、現政権の根絶を要請し、体制側は弾圧しようとしている。死傷者数が恐るべき形で増加しているのは、体制側勢力が実弾やロケット砲を用いているためだ。現時点までで死者400、負傷者数千との話もある。

リビア政権は、西のチュニジア東のエジプトから学び、デモ隊に対する虐殺行為を躊躇したため、それら政権は追い落とされたのだと考えている。したがって大衆蜂起鎮圧のため、手持ちのあらゆる抑圧機構を起動した。蜂起したリビアの人々もまたチュニジア、エジプトの同胞たちから、完全に体制変革が成るまで抗議を継続し立ち止まらないことが肝要だと学んでいる。つまり更なる流血が予測される。多数の負傷者に対し、嘆くべきはリビアの病院の悪条件である。簡単な手当てのための設備にも事欠いている。それもまた、体制が無視してきたごく基本的な社会サービスのひとつである。

リビア指導者は、国の東部では人気が無い。特にベンガジ市でそうだが、かつてこの市はリビア中のどの都市よりも、反王制革命を支持していた。ベンガジ大学法学部の学生たちが熱狂的に革命を支援しているというので、当時の大学は試験なしで学生を進級させたぐらいだ。この地域は反乱の源であり、多くの過激派グループを産みだした。

リビア指導者はベンガジ市を憎悪するあまり、めったにその地には滞在せず、古代ローマ時代の名称「カラ・ユーニス」あるいは「コリーナ」と市の名前を変更させたこともある。ベンガジ市は、近年リビア政権とそれを支持する革命委員会に対しより反体制的色合いを強めてきている。エジプトに近く、その市民がアラブ民族主義シンパで、エジプトの文化と政治に多大に影響されているので、今次インティファーダの第一閃光がここから発せられたのも不思議ではない。

立場を固持し頑固、また、軽率な反応で知られるリビア指導者が、国民の要求に簡単に譲歩するとは考えられない。革命指導議会の同僚の要請も容れず、反対派には苛烈に対処する。側近としては、その議会メンバーの内、片手で数えられるほどしか残っていない。ムスタファ・アル=ハルービー、アブー・バクル・ユーニス、アル=ハウィーラディー・アル=ハミーディー(娘がカッザーフィー大佐三男アル=サーイディーと結婚した)ぐらいだ。

エジプトとチュニジアの革命勝利は、蜂起した人々の粘り強さゆえにもたらされた。そして両国は、部族社会ではなく都市社会であり、その柱は強力な中産階級と産業従事者(農業を主とする)であった。しかし、リビアはイエメン同様部族社会の様相が濃い。革命の動向、政権が残るか崩れるかは、部族的要素が演じる役割の多少により変わるだろう。大部族アル=ワルファラがインティファーダに参加した後、アル=ムカーラハ、アル=アビィーダート、アッザンターンといった部族はどう出るか。

もう一つの要素として、エジプト、チュニジアと異なり、リビアには強力な軍隊が存在しない。リビア指導者は軍を恐れていた。信頼せず自身の体制への脅威とみなしていたため、「武装部隊」という名称のものを代わりにおき軍を解散させた。革命指導議会メンバー、ウマル・アブドッラー・アル=ムハイシーによる最初のクーデター未遂が原因とされる。同人は後にモロッコ国王ハッサン2世により引き渡され処刑された。

リビアに軍組織が残っていないとは言えないが、脆弱でその権限は疑わしく、情勢を決する大役を演じることはない。リビア指導者が、その子息や彼の属する部族メンバーが率いる民兵組織や私設治安部隊を強化しようとしているのはこのためである。

リビア政権は、アラブ諸国内にあまり多くの友好国をもたず、欧米との最近になって築かれた友好関係は未だ固まっていない。したがって、西からも東からも、そして北からも政権へ強力な支援が来るとは予測されない。全く逆の可能性のほうが大きい。死傷者数が上昇し、民間人保護のためとして安保理が介入を決議することになれば、リビアでダールフールのシナリオが再演されることになろう。もしその決議が、侵略前のイラクと同様、東部あるいは南部に飛行禁止区域を設けたとしても我々は驚かない。

リビア政権は、治安部隊や煽動、そして紙のビラまで、持てるもの全てを使っている。デモ参加者により、リビア東部が陥落すればそこにイスラーム首長国ができるとの噂が流布されている。欧米に、この非常に危険な抗議運動を懸念せよと告げることを目的としたビラがその情報源だ。

しかし政権にとっては残念なことに、欧米は最早この類の「恐るべきこと」を受け入れない。より正確には、大衆革命の前に、同盟者たる専制君主たちを救済する能力を失っている。欧米は、イスラエルとアメリカのために、欧州でさえ成し得なかった貢献を果たした最大の同盟者フスニー・ムバーラクを見捨てた。彼らが、リビア指導者カッザーフィーとその政権に固執するだろうか?

リビアの蜂起は収まらず体制側の弾圧もまた然りである。つまり、非常な苦しみをもって言わなければならないが、さらなる流血の大惨事が予想される。現状でリビアには三つの選択肢がある。1:政権が去ってダメージを最小にとどめる。1969年軍事革命に直面したイドリース・アッサンヌーシー国王がしたように。同王は、在位中の資産全てを新政権に残しナセル体制下のカイロへ向かった。2:リビアを二、三の国に分割し、現体制はその一つとして残る。3:蜂起が全土にいたり、元首とその親族に脱出を迫る。その場合はおそらく追及の手を逃れるためアフリカ諸国のどこかが逃亡先となるだろう。

最後の選択肢は、リビア蜂起の勝利と国の統一が保持されることを意味する。これが我々にはもっとも望ましい。それが、アラブ国民の圧倒的多数が希望することである。

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(翻訳者:十倉桐子)
(記事ID:21582)