コラム:カッザーフィーのもっとも血なまぐさいスピーチ
2011年02月23日付 al-Quds al-Arabi紙

■カッザーフィーのもっとも血なまぐさいスピーチ

2011年02月22日『クドゥス・アラビー』

【アブドゥルバーリー・アトワーン】
昨夕、リビア元首ムアンマル・カッザーフィーが行ったスピーチは非常に不穏であった。語彙あるいは表現の全てが殺戮計画を示唆している。もしそれが成功裏に実施されれば、リビアの分裂、あるいはソマリア化をまねく。そうでなくても血の海だ。血に飢えた手負いの獣と化したカッザーフィーは、その政権、属する部族の権威、追随者の平安を維持するため、リビアを炎上させるつもりでいる。このスピーチを侮ってはならない。そこで表明されたことに極めて真剣に対処すべきだ。

降伏直前のエジプト、チュニジア両大統領による最後のスピーチとカッザーフィーのそれは、全く比較にならない。ムバーラクとベン・アリーのスピーチは弁明であり、譲歩が含まれ、実施が遅れたとはいえ改革の手順もそれ以前に示されていた。汚職まみれの閣僚の解任、新内閣の組織、与党幹部の放逐、次期大統領選には出馬せず世襲も廃止などである。一方、カッザーフィー演説は、挑発と脅し、威嚇に終始している。

カッザーフィーが国民の大部分を侮蔑している点は見過ごせない。彼らを無知扱いし、デモ参加者らにいたっては、ドブネズミ、うわごとを口走る輩、ノミだらけの汚らわしい者たち、逸脱者、アメリカの傀儡、である。あらゆる意味で趣と教養を欠いた言辞だ。特に、40年以上も国民の長であり、彼しか知らない人々二世代にわたって演説を行ってきた者としては。

彼の怒れる、混乱したスピーチの中で最も危険だったのは、ロシア最高会議ビルに立てこもった反体派に戦車を差し向けたエリツィン、ダビデ宗派を叩くためガスを用いたビル・クリントン、アル=カーイダ支援者を全滅させるため一軒一軒に押し入りファッルージャを破壊したジョージ・ブッシュなどに言及したセンテンスである。ガザを攻撃したイスラエルを示唆することすらためらわない勢いだ。

カッザーフィーは、ベンガジやダルナで既に流血沙汰を始めている。これらの街が、アル=カーイダ支援者、もしくは「アル=ブールヒーヤ」なるカーイダ寄りの過激イスラーム主義グループの手に落ちたと主張しながら。既に絞首台の設置も始めている。もし彼が政権に残ったら、全ての革命家に死刑を申し渡すだろう。

誇大妄想狂のカッザーフィーは、周囲で何が起きているか察知せず、リビア国民は彼と緑の革命に心酔しているという周囲の報告によりスポイルされている。エジプト、チュニジア両大統領とまったく同じである。しかし大きな違いは、彼は簡単には諦めないだろうということだ。国の将来や国土の統一などには見向きもせずに、その子息サイフ・アル=イスラームの言葉によれば、男女とわず最後のひとりまで戦い抜くつもりだ。

カッザーフィーは、アメリカの謀略に立ち向かいそれを敗北させたと主張する。つまり、自国民を打ち負かすのはずっとたやすいというわけだ。演説にはリビアの人々への侮辱が含まれていた。カッザーフィーは、自分こそが彼らの国を諸大陸の指導者としリビア人の名声を高めたのだと述べた。そして先祖の英雄譚を長々と語り、自分こそが、彼が腐敗した者どもと形容する人々よりは、リビアに相応しいと断言した。

リビア元首は国民にひとつも譲歩を示さず、対話についても触れなかった。彼が約したのは、分裂、死、内戦のみだ。彼のカードは、後進的部族という武器のみである。もしそれを用いて勝ったとすれば、国はまた石器時代に逆戻りする。独裁政権を甘受するか、「ソマリア化」か、という悲惨な選択肢を彼はリビアの人々に突き付けたのだ。

それが如何に困難で犠牲を伴うかを知りながら、蜂起を決意した勇気あるリビア国民に、我々は心から共感する。専制者の支配に終止符を打ち、新しいリビア、文明的で公正で人権が守られる国を彼らは目指している。リビア元首が40年以上かけ築いてきた際立った連帯主義の精神は、今や、彼に歯向かう圧倒的多数のリビア国民の中に見出される。彼らの後ろには、アラブ諸国民の大多数が付いている。例外は、アラブ独裁主義為政者クラブの会員たちで、彼らは恐怖に戦きつつ、リビア独裁の存続を祈っている。

リビア元首が国民と祖国を愛しているとは思えない。もしそうならば荷物をまとめて去っているはずだ。犠牲を避け、自尊心を保ち、彼の部族の安全を保証するために。こんなにも多くの死傷者を出した後、もし彼が革命勢力に勝ち政権に残ったと仮定して、彼を望まず、益々憎しみを募らせる国民多数をどうやって統治するつもりだろうか。

リビア元首は、石油とそれから得られる収入で買った友好関係を東西に有するが、国民からの友愛は得られなかった。彼らは通りを行進し、銃弾を胸に受けながら向かって来る。国民の精鋭たちだ。

カッザーフィー大佐が脅しをかけた以上の虐殺が起きる前に、リビア国民救済のための介入を国連に要請する。制裁をちらつかせても役に立たない。彼とその政権は既に長年封鎖の下で過ごしてきたのだ。適応手段については充分な経験を有している。彼はリビアを地域と部族勢力のラインに沿って分割すると心に決めたようである。たとえ、そのリビアから生まれるだろう複数の首長国の小さなひとつの長としてであっても、彼が政権に残る限り制裁は意味を為さないだろう。

その演説から理解する限り、リビアの大佐は、ウマル・アル=ムフタール*ではなくムッソリーニの流派に属している。後者同様無残な最期を迎えたとしても不思議ではない。

*[ウマル・ムフタール(1862-1931)。ベンガジ出身。イタリア軍に抗して戦い、捕えられて刑死。リビア独立の父とされる。]


(本記事はAsahi中東マガジンでも紹介されています。)

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(翻訳者:十倉桐子)
(記事ID:21608)