コラム:カッザーフィー(カダフィ)後のリビア
2011年08月23日付 al-Hayat 紙

■大佐なきリビア

2011年8月23日 「アル=ハヤート」

【エリヤース・ハルフーシュ】

40年以上にわたってリビアはカッザーフィー、カッザーフィー(カダフィ)であり、彼がリビアであった。今我々は「発見」している。リビアはカッザーフィーが君臨していなくても存続しうるということを。太陽は昇り、そして沈み、地球は回り続け、そしてリビアの民衆は孤児のようになることはない。すべてカッザーフィーがいなくでも同じなのだ。

かつてカッザーフィーの心は彼の国と彼の民衆のもとにあった。リビアを誰か他の者の手に委ねることなど想像できないほどに。誰も彼とその取り巻きのようにこの国を運営することなどできるようとは思えぬほどに。だからこそ、彼は蜂起が始まって、リビアの民衆が彼が去ることを要求し通りに出たとき、それを信じられなかったのである。当然であろう。なぜなら彼はリビアに民衆がいることを忘れてしまっていたのであるから。彼にとって、そこにいるのはドブネズミか裏切り者か、あるいは手先かであった。そんな輩にこの国を委ねることなどできない。この国は(カダフィ)大佐の農場と化しているのだから。

ムアンマル・カッザーフィーが落ちることに、そしてこの地域のなかで彼に似た支配者が落ちる可能性に何らかの意味があるとすれば、それはつまり、国家とは支配者が消えようとも存続するということだ。ムアンマル後もリビアは続く。ホスニー・ムバーラク(ムバラク)後もエジプトは続き、ベン・アリー後もチュニジアが続いたように、この地域のほかの国も同じように存続し続けるだろう。大統領がそのいすに座り続け、彼の名が国の名の同義語となってしまっているような所でも。こうした支配者たちが消えることでこれまでの図式が消える。支配者が色付けした本がその国の憲法の一部と化し、彼の党が指導者となり、彼の息子たちの生活を支配する法が民衆つまり「彼の」民衆を支配する法となるというものだ。

カッザーフィーの支配が終わってもリビアは世界地図から消えはしない。リビアの民衆は(カッザーフィーの書いた)『緑の書』の教えに従わずとも、食事をし、呼吸をし、日々の普通の生活を送ることができる。民衆は証明して見せた。自由を手に入れるためであれば、自分にとって一番大切なもの、つまり自らの命すら犠牲にする用意があることを。大佐が支配した長い年月は、リビアの民衆が自分の足で立てることを、そしてこうした犠牲を払うことができることを、ほとんど忘れさせようとしていたのだが。

こうしたことはリビアの民衆にのみ言えるわけではない。ただその勝利の機会を捉えて、言っているだけであり、同じことはアラブの各地で立ち上がったすべての民衆に言えるのだ。民衆が自らの国の支配を取り戻すしかない。支配者にこう告げるのだ。もう大人になったと。だからその運命を自分で決めることができると。支配者が家族とともに荷物をまとめて立ち去らなければならなくなったとしても心配は無用だと。つまり、アラブの国もまた地球上のすべての国と同じであり、主権は民衆にあり、支配者の財産ではないということである。

支配者というものは、自由な民衆の決定およびその信頼から正当性を獲得する。この「正当性」は、凶器や公安組織によって民衆に押しつけられるようなものではない。もしこれが本当であり、かつ支配者が国外で「造りあげられる」というのが受け入れられないなら、その支配者が「内なる産物」であることもまた求められる。つまり民衆の自由な選択の結果、支配を行なうのであって、恐怖心をあおり、偽装工作をして支配するのではない。今取り上げているような複数の体制では、そうした手段で延命し、結局のところしかるべき結末を迎えることになったのだが。

ただしこれは支配者についての問題だ。「外から命令を受けた」という嫌疑をかけられている民衆はというと、こうした嫌疑を前にして公平性を保つために考えなければならないのは、それが彼らにとって唯一の選択肢であったという点である。国内で支配に隷属するか、でなければ、自分の国で自らの権利を取り戻すのを助けてくれそうな外国の支援を受け入れるかしかなかったのだから。

(本記事はAsahi中東マガジンでも紹介されています。)

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( 翻訳者:八木久美子 )
( 記事ID:23732 )