コラム:「アル=カーイダ」と「ダーイシュ」が中東の国際関係にもたらした「ねじれの同盟」 (上)
2014年06月28日付 al-Hayat 紙


■シリア(ビラード・シャーム)における「ダーイシュ」の役割は、アフガニスタンで「アル=カーイダ」が果たした役割に等しい

【トニー・フランシス】

米国とイランは現在、かつてのアフガニスタンとそれに次ぐイラクのときと同じように、イラクにおいて協力するための共通基盤を模索している。アフガンのターリバーンに対する戦争が2000年のはじめにおいて両者を接近させた。パキスタンが組織してカブール政府へ送り込んだターリバーンは、スンナ派のカリフ制国家の類を樹立しようとしてシーア派国家綱領を掲げるイランと齟齬(そご)をきたし、ソ連のアフガニスタン占領に抵抗して戦った「ムジャーヒディーン」の元戦士たちを駆逐したのちにテヘラン政府と衝突した。米国と一部のアラブ諸国およびパキスタンは(ソ連撤退後のアフガニスタンに乗り込んだ)ターリバーンは安定化をもたらす代替政権たり得るとみなし、テヘランが宗教イデオロギー上も戦略的理由からも敵視するのとは立場を異にしていた。ところがウサーマ・ビン・ラーディンの率いる「カーイダ」が突如ターリバーンとの密接な関係において登場し、2011年9月11日アメリカを攻撃するや、アメリカは一転してアフガニスタンに戦争をしかけてターリバーンのカリフ政権を消滅させ、この「巨大な悪魔」(米国)の取組をイランは歓迎した。

現在のシリアとイラクにおいて、かつて東方の地(アフガニスタン)において生じたのと同じ事態が進行している。イランはシリアにおける民主的変革に向けての戦いを「ワッハーブ・タクフィール主義(スンナ派急進主義)のテロ」との戦いに変質させるのに全力を注いでおり、シリアにおいてタドムル刑務所、スィードナーヤー刑務所、アブー・ガリーブ刑務所に投獄されているテロリストたちに「恩恵」を与えることによって「ダーイシュ」を誕生させた。「ダーイシュ」はシリア政府軍とは1日たりとも交戦しておらず、戦闘はもっぱら反シリア政府勢力とのそれに限られている。「ダーイシュ」はアレッポからシリア東部にかけての地域においていとも簡単に勢力圏を拡大したが、「ダーイシュ」がそのように連続して勢力圏を拡大したのは、2つの重大事が起きて以降のことである。重大事のひとつ目はバッシャール・アサド・シリア大統領の再選であり、ふたつ目は、ヌーリー・マーリキー首相が4月30日に行われたイラク国政選挙後に政権3期目を担当しようとした矢先、シーア派ブロック内部と国内スンナ派諸地域で高まった同首相反対の圧力に直面したことである。

シリアにおける大統領選挙結果が国際的にもアラブ諸国間でも拒否され、イラクではマーリキー首相退陣と挙国一致政府樹立の要求が高まった段階で、「ダーイシュ」はイラク北部における活動を活発化させた。「ダーイシュ」の動きやそれの働きかけが、諸部族に不満を言われたり、スンナ派の非難の的となったり、シーア派の抗議を受けたりすることはないようである。それが世界的な規模で「テロとの戦い」をもっとも強く刺激する限りにおいて、「ダーイシュのテロリズム」はイラン政府やその同盟者たるバグダード・ダマスカス両政府の政策にとっては好ましいものであり、またアメリカやヨーロッパに対しても“ポジティブな”響きを与えることだろう。

(つづく)



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:前田悠作 )
( 記事ID:34497 )