シリア:ISにより処刑されたソトロフ記者はイスラエル人だったと判明
2014年09月03日付 al-Quds al-Arabi紙


■ネット上のソトロフ記者の身元に関する詳細が安保上の理由により削除

「ダーイシュ」により処刑された二番目の米国人記者は、アラビア語に精通したイスラエル人だった…過去にリビア、イエメン、ガザ地区で活動していた模様

【ナザレ:本紙】

シリアでダーイシュにより処刑されたスティーヴン・ソトロフ米国人記者が、ユダヤ・イスラエル人であったことがイスラエルで明らかにされた。同記者はイスラエル市民であり、数年前に米国からイスラエルに移住したという。安保上の理由から、彼がイスラエル人だったという事実は事前に伏せられ、ネットからも彼の身元に関する情報は削除されていた。

ソトロフ氏は、2005年から3年間、ヘルツリヤの高等教育機関に在籍し、その後米国に帰国したものの、昨年(2013年)再びイスラエルに戻り記者として働いた。その間、ガザ地区に入り、同地区の情勢を追って『TIME』紙や『Foreign Policy』紙に記事を寄せるなどしていた。

イスラエル人記者や米国人記者らは、ソトロフ氏が大の「ラグビー」好きであり、また自身が戦争や情勢の激化する地域を扱っていることの危険性についても認識していたが、一方で自分の仕事を誇りにしていたと語る。また、ソトロフ氏はアラビア語を習得し、約一年前、シリアに行く前はイエメンやリビアで活動していたという。

ニュースサイト「Yネット」は、ソトロフ氏の同僚を取材した。彼の同僚たちは、ソトロフ氏は聡明で責任感が強く、勇敢な記者だったと述べた。同僚らの話によると、ソトロフ氏はリビア革命後、ベンガジ市での出来事を調べるため、同市に居を構えていた。他の記者とは異なり、ソトロフ氏は現地取材を好み、現地の人間とふれあって寝食を共にし、彼らのライフスタイルを自ら実践したことから、ホテルを利用することを嫌った。そして、彼のこの姿勢はガザ地区を訪れたときも変わらなかった。

(後略)



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:辰巳新)
(記事ID:35260)