イラク:イラク人歌手イルハーム・ミドファイー「イラクの歌曲における悲哀は歴史と悲劇の反映」(5)
2022年02月19日付 al-Quds al-Arabi紙

■イラク:イラク人歌手イルハーム・ミドファイー「イラクの歌曲における悲哀は歴史と悲劇の反映」(5)

【対談者:ムスタファー・ハリール】

◯あなたは最も有名な世界の舞台の数々で歌ってきましたが、それにもかかわらずあなたはバグダードのアアザミーヤ通りを懐かしみ、ザハーウィー・カフェ(バグダードの老舗珈琲店)で歌うことを夢見ていらっしゃいますが、バグダードに対する郷愁の秘密はなんでしょうか。

●ミドファイー:確かに、パリの「トリアノン」、オペラハウス、ロンドンの「クイーン・エリザベス・ホール」や「ロイヤル・アルバート・ホール」、カイロのオペラハウス、ベルリンのオペラハウス、そして他の世界的な劇場の数々で歌いましたが、バグダードに対する郷愁は心に起因するもので、これは私たちが常にバグダードで上演したいということを表明した気持ちです。バグダードは私がスタートした第一の町であり、そこから世界に向けて乗り出しました。バグダードに対する郷愁は永遠にとどまることないでしょう。

◯苦しみの礼賛や悲しみがイラクの歌を支配しておりますが、これはイラクの歴史や長い歴史を通して経験されたことを反映したものでしょうか。それとも何でしょうか。

●ミドファイー:もちろんこれはイラクの歴史の反映ですが、イラクは国としても社会としても数多くの段階や変革を経験しており、長い年月にわたる戦争や困難からイラクの芸術や歌曲に多大なる影響を与えました。そのため、イラクの歌曲で悲しい言葉や曲調が目立つのは自然である一方、まさにイラクの歌は由緒正しく多種多様なルーツがあることも知られています。南の歌は北部のそれと異なり、東の曲は西部のそれとまた異なります。イラクのどの地域にも国民が経験してきたことを反映した多種多様な気持ちや感情が存在し、それというのはイラク国民が安寧に暮らせるよう、そして、決して追随することのできないであろう国や文明として世界で先駆的な立場を取り戻すよう私が願っているものであります。

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(翻訳者:片居木周平)
(記事ID:52689)