イラン人女性登山家、険しい山に挑む半生を語る|ヒマラヤ登山の回想(3)
2025年10月29日付 Hamshahri 紙


―(続き)―

◆登山の苦楽

 エベレストや他の世界的な高山に登ることを決意した登山家は、山を永遠の安息の地にした登山家の姿を見ることがある。世界で最も険しく最も技術を要するピークとして知られるK2で、アフサーネ・ヘサーミーファルド氏は、初めてこうした出来事と遭遇することとなった。同氏はこのことについて次のように述べた。「K2に向かう登山ルートの一部には非常に困難な氷のルートがあり、私は絶え間なくアッセンダーを押し上げなければならず(アッセンダーはロープを用いたクライミング用道具のひとつ)、また圧縮された結晶質の氷を登らなければなりませんでした。真夜中に、完全に垂直な角度で登り続けていた時、目の前のロープの上で誰かが休憩しているのが見えました。私は苛立ちを覚え、今あの人のところに行ってやる、ここは休む場所ではない、もっと上に行けばいいのに、とぶつぶつ言いました。実際、危険でしたし、私にとって邪魔だったのです。私は近づきつつ、なんて浅はかで無思慮な行動なのだとこぼしながら、その人のものにたどり着くと、前の登山シーズンに亡くなり、その場に再度ロープで固定されていた登山家の遺体だと気づきました。暗闇でその人を見つめて、話しかけました。その夜のその人の存在と特殊な状況は、私たちの誰もがこの人のようになりうるのだと私に気づかせました。

 アフサーネ・ヘサーミーファルド氏は、彼女の登山体験の写真やビデオをそれほど積極的に公開していない。同氏は次のように述べた。「チョ・オユー完登後、頂上で旗を収めた記念写真や他のたくさんの画像を撮影したために、いまだに凍傷で私の手指は感覚がありません。旗を取って写真を撮るためには、羽毛の手袋を外さなければならず、このことで私は手を傷めてしましました。一般的に、環境、天候、酸素不足によって、携帯電話を取り出して写真やビデオを撮影して公開することは難しいです」

 同氏は自身の登山中に起きた興味深い出来事についても言及しており、次のように付け加えた。「登山中には多くの出来事が発生しますが、それぞれに教訓があります。私は医者としてよく診察をしています。さて、パキスタンのナンガ・パルバット[注:標高は8,126メートルで、世界第9位]に向かう登山中のことでした。パキスタンでは汚染が原因で多くの病人がいるため、私は彼らの診察に当たっていました。ある時私を呼ぶ声がし、私はいつもと同じ診察だと思いました。テントの外に出ると、7~8歳の子供が連れてこられていました。私がこの子はここで何をしているの?と尋ねると、その子を連れてきた人たちは、麓の村からこの子を連れてきた、あなたに診察してほしいと答えました。その子供は耳に感染病を患っていました」

 さらに女性登山家は、イランの食物をキャンプに持参した興味深い思い出について語り、次のように説明した。「私は菜食主義者です。ベースキャンプで調理をしてそれを携帯できるように、いつも私自身の食物のいくらかを乾燥させて仕込んでいるのです。イランの食物は美味しく、人気があります。そのため、私がベースキャンプで調理する時には、試食をしようと私の周りに皆が集まってきます」



◆挑戦が好き

 「登山家は常に荒波や奮闘、興奮の中にいると考えられているのに反して、登山は登山家の人生にさらなる安らぎを与えてくれます。日常生活で辛抱強くなる上、問題に対処する能力が養われて、忍耐力が高まることで、最終的にはより穏やかな生活を送ることができるのです」

 上記はアフサーネ・ヘサーミーファルド氏が登山家たちのライフスタイルについて語った説明である。同氏は次のように述べた。「登山というスポーツは困難に立ち向かうスポーツです。このスポーツは、奮闘に身を投じたり、異なる条件で自らを試したりすることを好む人にとって、魅力的になりうるでしょう。それは、私にとっても同様でした。登山は非常に危険なスポーツです。特に高所登山の局面では、酸素の薄い標高に入ります。酸素不足は脳細胞にまで到達してしまいますので、このような地理的条件では真剣に取り組まなければなりません。悪天候、嵐、クレバス、氷河といったこれら全ては、登山を危機に陥らせる条件です。しかしこのような困難は私を登山に惹きつけました。私は挑戦することが好きです」

 同氏は次のように続けた。「私は総合診療医です。山岳医療の課程を修了し、山岳医療と低体温症について学校で教えています。イランでは、特殊な状況が発生して私たちの診察が必要になる場合を除いて、私たちの活動範囲は教育です。このことを鑑みると、目下私の優先事項は講習のクラスを開講して、標高に関する登山家たちの知識を高めることです。私は毎年おそらく20~25回ほどクラスを開講していますが、今後私の経験を考慮するとより多くの使命がありますので、登山以外で私が継続すべき仕事は、経験を伝えていくことにちがいありません」

―(4)に続く―

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( 翻訳者:MA )
( 記事ID:61237 )