コラム:イスラエル国家のユダヤ性と矛盾するキリスト教徒取り込み策
2014年03月04日付 al-Hayat紙


■兵士はキリスト教徒、軍はユダヤ性を有する…そんな事が可能か?

【ムハンマド・ハーリド・アズアル】

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は数週間前、政府とキリスト教派閥間のいわゆるジョイント・フォーラムを設ける指針を打ち出した。これは、「軍および官公庁へのキリスト教徒の参入と、イスラエルにおける公共生活にキリスト教徒をとり込むことへの働きかけ」を目的としたものだ。これらの努力は、以前イスラエルが行った同様の取り込み政策をわれわれに想起させる。当時はイスラエルが説明するところのドゥルーズ教徒とベドウィンらに対してこれらの政策が実施された。ここでわれわれは過去のこれらの取組みについて言及するつもりはない。ここでのわれわれの関心事項は、真のパレスチナ民族のほんの僅かすら例外としない、(他民族・他宗教の)根絶と抑圧を志向するイスラエルの一連の政策のために、キリストとキリスト教伝道者達を育んだ地におけるキリスト教徒人口が現在たった20万を残すのみとなっているということである。そして、もう一つのわれわれの関心事項は、これらの政策の実行者らは残っているこれらのキリスト教徒を誘い出し、刺だらけのイスラエルの内部へと取り込みたくて仕方がないということである。このこと自体は、数十年来多くの人々が知るところのものであり、今日われわれの注目をとりわけ集めるものでもなかった、われわれがこの問題の枠組みにおいて、混乱と矛盾に満ちた状況に投げ出されていることを明確にする新たな際立った出来事がなかったならば…。

キリスト教徒の徴兵と軍への編入に尽力することは、国家のユダヤ性を掲げ国内外で非ユダヤとの差別化の度合いを深めようとするイスラエルの方針と、真っ向から矛盾するはずである。さらに注目すべきは、1948年パレスチナ人(訳注:ナクバにより難民となったパレスチナ人)に対するいわゆるイスラエル化あるいはシオニズム化の過程を背景に、過去数十年、何らかの手段で適用されたかもしれない政策のいくつかは、国家の完全なユダヤ化の過程が進む中において、いまだ実施可能であるということである。イスラエル化とは、イスラエルのパスポートとIDカードを有するすべての人々に該当する既成の事象である。すなわち、イスラエル化とは、国家と国民の結びつきを明確なものとし、彼らを国へと帰属させる法的・政治的権威をいう。ここでいう市民とはおそらく、ユダヤ教徒のイスラエル人のみでなく、イスラーム教徒のイスラエル人またはキリスト教徒のイスラエル人、その他諸々のイスラエル人を含むものである。また、民族的・歴史的アイデンティティーの観点からアラブ・パレスチナ人である者であっても、(イスラエルの)IDカードとパスポートによる管理下にある以上、その者はイスラエル人であり、これこそがまさに1948年パレスチナ人の置かれた立場である。

他方、シオニズム思想とこの広大な世界のいずれかの国籍を引き合わせ、そのつながりを強化することは、さほど困難なことではない。

シオニストとシオニズムに好意的な人々のサークルは、ユダヤ人とイスラエル人のサークルよりもかなり広範囲にわたっていたし、現在もそうである。アメリカ一国ですら、国内にシオニズム思想を抱くアメリカ人がおよそ8000万人存在し、およそ同等の数がヨーロッパ人の中にも存在している。同時に、シオニズム思想を受け入れず自身をシオニストに分類しえないユダヤ人も存在し、彼らの中にはシオニズムに抵抗しさらには敵意まで向け、その人種孤立主義的志向に反発する者も存在する。一方、シオニズムの内容とその純粋なユダヤ性にかかわる文脈において、イスラエルはユダヤ人でなくとも自国籍を有する者に対しては、市民権とそれを規定する法律の下で対応することができた。イスラエルが民主主義の模範を順守していると主張する法律である。また、平等の確保と国家の儀式をすべての市民に適用するための最大限の努力によって、非ユダヤのイスラエル市民も国内に居住することができる。しかし、イスラエルのユダヤ性を現在もこの先も過剰なまでに強調することが、このような対応の基礎であることには違いない。あるいは、そのユダヤ性の強調によって、イスラエルと非ユダヤ国民とのこの困難な共存は解釈される。この方向性は、必然的に双方を引きこもりへと導く。つまり、ユダヤ性という自己に引き籠った国家が、非ユダヤ性という別の引きこもりに直面することになる。これは、48年パレスチナ人の中のキリスト教徒たちが先延ばしにしてきたイメージである。イスラエルのユダヤ性という熱く沸騰するメッセージは、キリスト教徒の編入という呼びかけとまったく整合性がない。彼らを軍に入れるとなると尚更である。その軍とは、厳格にユダヤ教徒の、そしてユダヤ国家のための軍隊であり、決して、喧伝されるような全国民が平等な国の軍隊ではないと推察されるからである。

(後略)



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:辰巳新)
(記事ID:33141)