南部の人々の衣服・バーバーシャツの文化的美を保持する
2023年09月29日付 VietnamPlus 紙
【写真③】2019年カントー観光美人コンテストにバーバーシャツの衣装で参加する出場者たち(VNA)
【写真③】2019年カントー観光美人コンテストにバーバーシャツの衣装で参加する出場者たち(VNA)

南部の人々の衣服・バーバーシャツの文化的美を保持する


バーバーシャツについて語るとき、人はすぐ、南部女性の素朴でたおやかな美しさを思い浮かべる。バーバーシャツを着て菅笠をかぶった娘が舟を漕ぐ姿には、他のどこにもない魅力があるのだ。



9月29日午前、ハウザン省のサーノー堤防公園(ヴィタイン市)での「ハウザン・バーバーシャツフェスティバル2023」のイベントの一環として、ハウザン省は展覧会「バーバーシャツ今・昔」を開催した。

この展覧会には、伝統的なものから現代的なものまで、美しいデザイン、工夫、歴史的価値、特有の芸術的価値を表現するバーバーシャツに関する美術絵画100点以上が一堂に会する。

この展覧会は、バーバーシャツをより多くの人に知ってもらうためのフェスティバルの目玉の一つでもある。

この展覧会は、ますます深まる国際統合の中で、バーバーシャツの伝統美の保存と価値の発揮に貢献することを目的としている。

「内在力を発揮し、機会を活用し、迅速かつ持続可能に発展するハウザン省を構築する意欲を呼び起こす」をテーマにしたハウザン・バーバーシャツフェスティバル2023は、9月29日から10月1日までヴィタイン市で開催される。このフェスティバルは、ハウザン省設立 20 周年を祝う一連のイベントの1 つだ。

ハウザン・バーバーシャツフェスティバル2023では、文化交流である「バーバーシャツ今・昔 – 感動の響き」や、絵画展「バーバーシャツ今・昔」、また「ハウザンのほほえみ」をテーマにしたバーバーシャツの演目など、バーバーシャツの価値観を称える様々なイベントが行われる。

いつの頃からか人々がバーバーシャツについて語る時、すぐに思い浮かべるのが南部の女性の素朴でたおやかな美しさである。特にメコン河の畑や水田では、バーバーシャツを着て編み笠をかぶり、川でボートを漕ぐ少女の姿が他のどの場所にもない魅力を生み出している。

歴史の流れの中で、バーバーシャツは南部村落の魂となり、欠かせないものとなった。

南西部地域におけるバーバーシャツの誕生の歴史と出現に関して、最も注目されている仮説が 2 つある。バーバーシャツは19世紀初頭ごろに出現したことが確認されており、マレーシアのペナン島の人々の服装を当時のベトナム人の体格や生活習慣に合わせて刷新したものだというもの。

一方、作家ソン・ナム氏の著書『ベトナム人民の儀式と崇拝』によれば、バーバーシャツについて次のような一節がある。「バーバーシャツは19世紀末頃に持ち込まれた。バーバーはマレーシアまたはシンガポールに住む華人系マレー人のことを指す。黒い布地はよく輸入されており、南部の人々はバーバーの人々の黒い布地を身にまとうことを好むためバーバーシャツと呼ぶ。」

双方の仮説では、ベトナムのバーバーシャツの登場は、数世紀前、19世紀以降かもしれない。 バーバーシャツは完全にベトナム人によって作られたものではなく、貿易と商業のプロセスを通じて他の民族の衣装を改新したことから生まれた。

19世紀、バーバーシャツは主に、ベトナムに持ち込まれた黒い厚手の生地、茶色の生地、綾織りの生地で縫製され、まだ科学染料や現代的な染色技術が無かった頃はアーモンドの葉やサカエアナの樹皮、その他の種類の樹皮で染色され、色落ちを防ぐため泥で覆われていた。

20世紀初頭、女性は中にポケットシャツを着て、男性は袖なしシャツを着て、外側にバーバーシャツを着ていた。1950 年代までには、ポケットシャツや袖なしシャツは下着として用いられなくなった。

現在、伝統的なバーバーシャツは、現代の生活と美的感覚に合わせて改新されている。したがって現代のバーバーシャツは以前ほど幅広で直線的ではなく、ウエストが締まり、体の曲線がはっきりと現れている(特に女性のバーバーシャツ)。

襟やボタンなどのディテール部分は、それぞれの服のスタイル、色、素材に応じて変化し、最も調和がとれるようになっている。したがって現在バーバーシャツは、以前のような伝統的な黒と茶色の 2 色ではなく、色、素材、スタイルの点でさまざまな選択肢がある。

南西部地域はまた一年中暑い気候の地域でもあるため、人々と労働を共にしあちこちの河川に移動し、生計を立てられる、柔らかく涼しく、汗をよく吸収する素材がバーバーシャツに選ばれる。日常生活のあらゆる場面で、バーバーシャツは常に南部のすべての人にとって欠かせない仲間として存在している。

バーバーシャツから南部の人々の精神や魂のような素朴さ、朴訥さや寛大さがにじみ出ているのは、その緊密な絆のおかげではなかろうか。困難な戦争中であっても、バーバーシャツは故郷の美しさ、神髄の象徴として存在していた。

ベトナム人がバーバーシャツのイメージを語るときにすぐに思い至るのが、簡素で素朴ながら親しみやすい南部のおばあちゃんたち、母親たち、娘たちである。南部地域に行くたびに、ボートを漕いだり水上で活動するバーバーシャツ姿を目にすることができる。

バーバーシャツはまた、敵に抵抗し国を守る戦争における強靭で力強いベトナム女性の姿を象徴している。フランス植民地主義者とアメリカ帝国主義者に対する二度の戦争の間、バーバーシャツにカンザン(訳注:通常はチェック柄の綿のストールのような万能布で、カンボジアのクラマー)姿のおばあちゃんたち、母親たち、娘たちが手に松明を持ち木魚を持って敵の陣地を破壊する姿やひとひらの波のような小舟で敵と戦う姿は真に勇敢で、真に強靭で真に誇るに値する。

どれほどのバーバーシャツが、祖国のために戦い犠牲となった南部の人々の汗と血に染まったことか。今日では、黒いバーバーシャツにカンザンを巻き、つば広帽子(訳注:通常は緑色で綿のバケットハット)をかぶり、手に銃を持つ女性ゲリラの姿は、南部の娘たちの不滅のシンボルになっている。

バーバーシャツは時が経ても忘れ去られることはない。暮らしは大きく変わり、国際化しているが、バーバーシャツの意義は今も南部の人々の暮らしの中に存在している。

現在南部の一部の農村地域では、人々は日常生活の中だけでなく観光開発のためにもバーバーシャツを使用している。伝統的な茶色のバーバーシャツや改新バーバーシャツのスタイルは、若者や観光客に大人気な他、多くの飲食店や国内の観光地の制服、美人コンテストの衣装としても選ばれており、バーバーシャツの姿を各地に広めることに貢献している。

バーバーシャツは、ベトナム人の本来の性格のように、人情に厚く穏やかで真面目な美しさを持っている。これは、維持・保存する必要がある長年の伝統的価値観の1つである。


【写真①】カントーでのファッションの夕べでのバーバーシャツの出征をテーマとしたバーバーシャツの演目(VNA)
【写真②】ベンチェ省から200人以上の女性が参加したバーバーシャツフェスティバル(VNA)
【写真③】2019年カントー観光美人コンテストにバーバーシャツの衣装で参加する出場者たち(VNA)
【写真④】「バーバーシャツ今昔展」にて「バーバーシャツ」を演奏。(VNA)

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( 翻訳者:東野仁音 )
( 記事ID:6793 )