オスロのジェノサイド博物館でのアルメニア室開室へ、アンカラから抗議(Milliyet紙)
2005年06月23日付 Milliyet 紙

ノルウェーの首都オスロに開設予定のジェノサイド博物館に、アルメニア室が設けられることが判明した。アンカラを訪問中のノルウェーの外務副大臣・キム・ツラアヴィック(Kim Traavik)に対し、アブドゥッラー・ギュル外相とアリ・テュイガン外務次官が抗議した。ツラアヴィック副大臣は「博物館は国の支援によってではなく、民間財団が開設するものであり、政府としてすることは何もない」と述べた。

■「この博物館は国民を悲しませる」

ベルゲン大学歴史学部教授のオッド-ブジョーン・フュレ(Odd-Bjorn Fure)が中心となって開設するホロコーストセンターの公式オープンは、トルコの戦勝記念日と同じ8月30日の予定である。館内には、ユダヤ人の大量虐殺と並び、1915年のアルメニア人虐殺に関するアルメニア側の主張に従った展示が行われる。ノルウェー政府は、これが原因でトルコ政府の激しい反発に直面した。ツラアヴィック副大臣と会談したギュル外相とテュイガン外務次官は、「この博物館は我が国の国民を非常に傷つけるものであることを承知おき願いたい。開設しないよう働きかけてほしい」と述べた。

■「公共ではなく、民間の博物館」

本紙の質問に対し、ツラアヴィック副大臣は次のように答えた。「この問題におけるトルコの難しい立場は理解している。しかし次のようにしか申し上げられない。すなわち博物館を開設するのは公共団体ではなく、諸事業を政府から独立して行う民間の研究機関であり、我が国のシステムでは独立した組織の活動が法の範囲内である限り、政府として干渉することは非常に難しい」。

■博物館はナチス指導者の旧宅

ジェノサイド・宗教的少数派研究センターによって開設されるジェノサイド博物館は、第2次世界大戦時にナチスに協力し、自らをヒットラーになぞらえたノルウェーの指導者ヴィドクン・クヴィスリング(Vidkun Quisling)の旧指令本部である郊外の大邸宅に建てられた。同国のユダヤ人人口の3分の1が虐殺されたクヴィスリング政権期の最も有名な建物は「ヴィッラグランデ」として保存されている。46室ある建物は、クヴィスリングが戦後に銃殺されて以来、病院と看護学校として利用されてきた。
ノルウェー政府は2000年、建物をユダヤ人大量虐殺に捧げるジェノサイド博物館として利用することを決めた。博物館には、多くの民間歴史家の「ジェノサイドはなかった」という意見にも関わらず、アルメニア側の主張に従った展示スペースも設けられる。さらにカンボジア(1975年)、ルワンダ(1994年)、バルカン諸国(1995年)で起きた大虐殺も、ジェノサイドとして展示される予定である。

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( 翻訳者:幸加木 文 )
( 記事ID:284 )