Ismet Berkanコラム「イスタンブル医学部学部長に通告」(スカーフ問題)(Radikal紙)
2005年04月08日付 Radikal 紙

先日イスタンブル大学付属の学部のホールでイスタンブル弁護士会の表彰式があった。その弁護士会と大学の間には組織的な関係はないということから考えて、このホールはおそらく弁護士会が賃借していたものと思われる。この式で表彰されたある弁護士の配偶者はスカーフを被っていた新聞に載った写真を見た限りではこの女性はイスラム主義者のようにスカーフを被っていたわけではなく、例えば私の母が葬儀や礼拝に参加する時にするような方法で被っていた(または英国女王が寒さを凌ぐためにするように)。何であれ被り方は重要ではない。この女性は式典への参加を許可されなかったのだ。大学側が許可を出さなかった理由は「公共の場でのスカーフ禁止法」だという。

何度言えばいいのだろうか、民主的で世俗的「法治国家」である我が国には「公共の場でのスカーフ禁止法」という法律は存在しない。憲法裁判所の判決を正確に読めば、問題の法律は、大学の学生が対象で、教室と試験教室においてのみ有効である。理学部や法学部で勉強しているわけではない、そもそも大学と関係のない(あっても問題はない)式への参加者にはスカーフを被った人だっているのだ。そして彼女らに適用される禁止法はない。

もしもイスタンブル大学が誇張し適用した、その目的を外れていると私には思われる、キャンパス内でのスカーフ禁止法が学生だけでなく全ての人を対象としているのなら、少なくともこのチャパやジェッファルパシャのイスタンブル大医学部病院では日々犯罪が起こっていることになる。なぜならこの大学病院にはひっきりなしにスカーフを被った女性、または全身を黒衣で覆った女性ですら病人として、付添い人として出入りしているからである。もしも朝の回診が授業だとしたら、この女性たちは授業に出ていることになる。むしろ授業のテーマですらある。イスタンブル弁護士会が長期勤続の弁護士に賞を与えたホールは「公共の場」であるが、ヂェッラフパシャの廊下や診察室は「公共の場」ではないのだろうか?病院でのスカーフを禁止する法律を作れるなら作ってみせてほしい。カツラを被らなきゃ治療できないと言ってみてほしい。確かにこの国ではスカーフを政治的シンボルとして使う者がいる。しかし反対にスカーフを禁止することを、弾圧することを政治的シンボルとしている者もいる。私に言わせればこの二つの勢力には何の違いもない。単純な個人的信仰心と選択の問題を政治的対立の中心にしてしまうのは、その信仰や選択に対する最大の侮辱である。



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( 翻訳者:加賀谷ゆみ )
( 記事ID:5 )