ガーリーバーフ、テヘラン市長に選出 シャルグ紙
2005年09月05日付 Sharq 紙

2005年9月5日付シャルグ紙1面
【社会部:サマーネ・ガドルハーン】テヘラン市議会議員15票中8票の賛成多数をもって、モハンマド・バーゲル・ガーリーバーフ氏がテヘラン市長に選出された。

 テヘラン市議会議長は昨日、〔アフマディーネジャード前テヘラン市長の大統領選出に伴ってテヘラン市長が空席となってから〕72日後に、テヘラン市庁舎7階の革製の椅子に座るべき人物として選出された者の名を明らかにした。メフディー・チャムラーン氏はまず、約束の通り厳密な吟味の上、新市長を選出したと説明し、続けて市議会はスピードを追い求めるあまり厳密さを犠牲にするようなことはなかったと評価した。ここ60余日間で初めて、テヘラン市議会会議室のガラス製の机の奥の席に穏やかな表情で腰を下ろした市議会のスポークスマンは、市長選出にあたっては市議会の理念に背くようなことがなかったことを指摘し、次のように述べた。「テヘラン市長の選出のあり方については、考えてきたことがあった。そしてこれまで頭の中で思い描き、整理してきたあり方を最後の最後まで貫き、いま結論に至ったというわけである」。テヘラン市議会が数々の検討を繰り返し理想的方法を追求した結果、最終的に市長に選出した人物、それこそ治安維持軍の前司令官で第9期大統領選挙の立候補者であったモハンマド・バーゲル・ガーリーバーフ氏であった。

 ガーリーバーフ氏はテヘラン市長に選出される前日の夜に、密輸撲滅本部長の地位を辞している。しかし、メフディー・チャムラーン氏が昨晩記者団に対して語ったところによると、ガーリーバーフ氏は最後までテヘラン市長の職を受け入れることに難色を示していたという。チャムラーン氏は、ガーリーバーフ氏はテヘラン市長の職を欲しており、同氏本人からテヘラン市長となる用意があるとの発言があったのではないかとの質問に対して、次のように答えている。「ガーリーバーフ氏は自らテヘラン市長に名乗り出ることはなかったし、この責務を受け入れることに難色すら示していた。このようなことになるとは、同氏も考えていなかった」。

 チャムラーン氏は他方、「第9期大統領選挙の結果生じた政治的状況を考えると、テヘラン市議会は大統領候補であったモハンマド・バーゲル・ガーリーバーフ氏を市長に選出することで、同氏を慰撫する狙いがあったのではなかったのか」との質問に対しては、「同氏を慰めるなどということは、われわれの仕事ではない。そのようなことは、われわれの眼中にはないことだ」と答えている。72日もの間第13代テヘラン市長の発表が待たれる中で、市長の選出が遅れたことは、国政をあずかる者たちの間にももやもやとした雰囲気を作り出した。国会は先週の水曜日の夕方、市長選出を急ぐよう求める旨の30名の署名入りの書簡をテヘラン市議会事務局に送付し、国会関係者のさまざまな反応を呼んでいる。しかし、メフディー・チャムラーン氏は昨晩、このような圧力の存在を否定し、「われわれは〔誰かからの圧力があったからではなく〕、自らの仕事を行っただけである。実際、私は記者の前に出席する数分前に、この〔国会からの〕書簡を初めて目にしたくらいだ」と述べた。

 他方、モハンマド・バーゲル・ガーリーバーフ氏を第13代テヘラン市長として選出したことは、日曜日の夜更けにはすでに、国会関係者から明確な反応を引き起こした。モハンマド・ホシュチェフレ議員はイラン学生通信(ISNA)のアンケートの中で、ガーリーバーフ氏のテヘラン市長選出で、大統領支持者〔テヘラン市議会〕と彼〔アフマディーネジャード大統領自身〕との間に初めての亀裂が生じてしまったと認めている。

 国会の《原理主義》派に属し、かつてテヘラン市長時代のアフマディーネジャード氏の顧問を兼務していたこともあるホシュチェフレ議員は、ガーリーバーフ氏市長選出に関し、「このことは、同問題の政治的側面が実務能力という側面に優先されていることを示している」と語る。同議員は、市長の選出は市の行政上の必要性にもとづいて決められるべきものであるにもかかわらず、ガーリーバーフ氏の選出は反対派、賛成派双方が相争う政治ゲームとしての側面が強いと述べ、さらに次のように論じる。「今日まで市民への奉仕機関として自らを示してきた市議会が、ここ6ヶ月間のうちに自らの責務から外れて政治的空間に入り込み、その結果今日あるような姿に変容してしまったのは、まったく驚くべきことだ」。

〔以下略〕

Tweet
シェア


現地の新聞はこちらから

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:斎藤正道 )
( 記事ID:813 )