Ismet Berkanコラム:オルハン・パムク受賞―人々を隔てる川、まとめる川(Radikal紙)
2006年10月15日付 Radikal 紙

理論家たちも同じ文句を好んで使っているが、そもそも法律の中でもこの決まり文句は繰り返されている。私たちは国家に帰属意識をもつのみならず、互いに対しても共通感情を抱くようでなければならない。国民は悩みや喜びにおいてひとつでなくてはならない。正確には、同じようなことに悩み、同じようなことに喜びを感じるべきである。私たちをひとつにする事柄はまずこういったことでなくてはならない。しかしこの原則はトルコであまり機能していない。

ワールドカップ出場をかけトルコ代表チームがスイスと試合を行った際は、私たち全員が一丸となった。とくにイスタンブルで行われた第二試合では、トルコ代表が次々とゴールを決め、あと一点取ればスイスを破りワールドカップに出場できるという状況がさらに興奮を高めていた。私たちは皆、試合のあと喜びを分かち合えることを望んでいた。しかしスポーツはスポーツ。勝つことがあれば負けることもある。あの日、私たちに与えられたのは喜びではなく悩みで、みな悲しみにくれた。

ここまでは良い。しかしまさにここで喜びと悩みを共有するという原則が崩れ始めた。というのも、試合の終盤におこった出来事について、一部の人々はスポーツ・スポーツマンシップという観点から残念に感じ、恥ずかしいとさえ思った。一方、一部の人々は(このような人々が少数派であることを祈るが)トルコ選手のしたことに恥じ入るどころか、まだ足りないとまで感じている。

私たちをひとつにするものがある一方で、私たちを分断するものがある。これは主に政治的な事柄である。
そして私たちは、地中海の民族であることの影響もあるのかもしれないが、往々にしてこういった感情を極端なものにしている。時には政治的な意見の食い違いがおおげさになりすぎて、外から見たら死ぬか生きるかの問題であるかのように思われかねない。

このことは実は政治的な話題に限らず、ほとんど全ての話題において起こりうることである。最近まさに目にしたように、ある文学者がどれだけ文学者たりうるかについて議論するなかで、話が極端へはしり私たちにとって生きるか死ぬかのような問題にまで発展してしまうのである。

つまり問題なのは、どんな議論や話題も、私たちをひとつにする事柄を忘れさせるほど大切なものではないということを、私たちが忘れてしまうということである。あまり議論に熱中するあまり。

オルハン・パムク氏についてはどうであろうか。彼はトルコ語で文章を書き、トルコに住んでいる。そしてノーベル賞を受賞した。トルコで、成功した人に向けられる嫉妬は、「実のなる木に石を投げる」という諺と共に定着してしまった悪弊である。

オルハン・パムク氏は一人の文学者として、最初の小説の出版以来ずっと一定の批判にさらされている。
ところが今はノーベル賞の受賞と共に状況が変わった。ことは、作家たちの間での嫉妬やねたみによる議論ではなくなった。ご覧なさい、トルコの大統領は、形だけの賞賛すら惜しむかのようである。

次のことは事実である。すなわち、オルハン・パムク氏がノーベル賞を受賞したことで悲しんだ人が、しかも非常に悲しんだ人々がいるということである。だが、パムク氏が好きでもそうでなくても、政治的意見に賛同しようがしまいが、そんなことは重要ではない。パムク氏の受賞は、本来私たちにとっても光栄で、少なくとも私たちをひとつにまとめる最も大事なものである共通の言葉(トルコ語)を称える賞なのだ。しかしアフメト・ネジュデト・セゼル大統領をはじめ、一部の人々はこの簡単かつ基本的な事実を忘れ、地中海的な興奮しやすい性質に身を任せている。まったく残念な状況である。

パムク氏の受賞を喜ばない人々の中にはある特定のグループがある。ノーベル賞を軽視する人々である。もちろんノーベル賞を軽視したり拒否したり、さらには軽蔑することも可能である。しかし忘れてはならないのは、何をしようともノーベル賞はノーベル賞として今後も存続し続けるということである。これまでがそうであり、これからもそうであろう。

もうひとつ、パムク氏のノーベル賞受賞はトルコにおける近代主義の、そして共和国の成功(の証)であるのを忘れてはなるまい。たとえ西洋的な小説手法は(オスマン朝期の)タンズィマートと共に導入されたものだとしても、共和国の近代主義の根本はタンズィマートとともに据えられたのを忘れてはならない。

つまりオルハン・パムク氏のノーベル賞受賞には、アフメト・ミトハト・エフェンディの功績も含まれていると言える。彼だけでなく、ナーズム・ヒクメト、アフメト・ハムディ・タンプナール、ジェヴァト・フェフミ・バシュクト、ヤシャル・ケマル、アズィズ・ネシン、フズーリー、ネディム、アタテュルク、アブデュルハミトもそうである。

私たちは、ここに名前を挙げきれないくらい多くの先駆的作家、政治家たちが形成にあれこれと携わってきた文化の恩恵を受けている。

オルハン・パムク氏もまた私たちの一員であることを忘れてはならない。



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( 翻訳者:湯澤 芙美 )
( 記事ID:3700 )