リディア王クロイソスの財宝盗まれる:米国から取り返したのに(Milliyet紙)
2006年04月20日付 Milliyet紙

トルコがアメリカのメトロポリタン美術館から取り戻すことに成功したカールーン(リディア王クロイソス)の宝物のうち、最も貴重なものの1つがウシャク考古学博物館から盗まれた。跡には偽物が残されていた・・・

トルコが4億ドルもの費用と10年もの歳月を費やして裁判で争い、ついにアメリカのメトロポリタン美術館から取り戻したカールーンの宝物のうち、最も貴重なものが盗まれていたことが明らかになった。ウシャク考古学博物館に展示されていた450点の宝物のうち、最も貴重なものの1つとして注目を集めていた、トズテペ古墳の出土品である「有翼獣」の金ブローチが偽物とすり替えられていたことが分かった。

事件は偽の名前と住所を伝えた人物の密告で明らかになった。ショッキングなこの事件の発覚後、文化観光局は調査を開始させた。値のつけようのない宝物がいつどうやって盗まれたのか未だ明らかになっていない。
文化観光局に2006年1月にあった密告を受けて、検査官はウシャク考古学博物館で3週間調査を行った。しかし、残されていたブローチはイズミル考古学博物館の専門家から成る3人の調査委員会の鑑定の結果、盗まれ偽物にすり替えられていたことが分かった。

■カールーンの呪い
ウシャク博物館のキャーズム・アクビュユクオール館長は、警備が十分でなかったことを認めた上で、次のように語った:「この宝物を取り戻すのに10年を費やした。宝物をアメリカから受け取ったのも私だ。村人たちは『財宝を見つけた者は次々と死んでいった。あなたもカールーン王の呪いを受けるだろう』と言っていたが、私は信じていなかった。しかしその通りになった。宝物は私に負債を残した」。

■警備の甘さ
カールーンの財宝が展示されていた博物館の警備体制はかなり甘かった。入り口で訪問客のボディーチェックをすることもなく、ドアのそばに探知機のような機器も設置していなかった。博物館の監視カメラシステムは2005年12月に導入されたという。6つのカメラからの画像は1台のモニターから監視されていた。博物館の庭は、高さ1メートルの鉄条網で守られていた。

■ショーケースは鍵だけで守られていた
たとえば、宝物が展示されていたケースのガラスが破られたり、他の方法で危害が加えられた場合に作動するシステムはなかった。世の中に2つとない展示品は、ケースを留める小さな鍵と鉛の留め具だけで守られていた。

■モニタの監視も訪問客に対応するのも一人
モニタを見る警備員は、同時にチケットを切ったり、来場者に説明をしていた。チケットを切る警備員の注意をそらせば、警備は完全に手薄な状態になっていた。

(中略)

■分け前の取り分に納得しなかった村人が密告
「大変裕福な人」を指すときに使われる「カールーンのような」という言葉。その由来となったリディアの最後の王クロイソス、別名カールーンは、紀元前6世紀の人物だ。博物館で展示されている財宝はこの時代のものであることから、リディアの宝物あるいはカールーンの宝物として知られている。
カールーンの宝物の盗難は1965年、トズテペ古墳の盗掘により始まった。盗掘品の中には、金のへさきと柄のついたお玉、金の糸巻き、金のピンのついたイヤリング、金のペガサスをかたどったブローチ、めのうと宝石でできた幾何学模様のネックレス、ライオンの頭の形の対の腕輪、先に石の目玉の房飾りのついた金のネックレスがあった。
1966年に2度目の盗掘がイキズテペ古墳で起こった。数年続いた盗掘によって掘り出された宝物は違法な手段で海外に持ち出された。村人たちの間で盗掘の分け前を巡るいざこざが起こると、そのうちの一人が密告し宝物の存在が明らかになった。

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(翻訳者:田林 玲)
(記事ID:2239)