ボルドー・ガラタサライ戦で、スタジアム周辺は最悪の交通渋滞(Radikal紙)
2006年09月14日付 Radikal紙

アタテュルク・オリンピック・スタジアムで行われる試合の盛り上がりを期待したサポーターは、イスタンブル広域市長トプバシュとガラタサライのクラブオーナーのジャナイドゥンが出した保障を信じて、再び取り残された。イスタンブル県知事ギュレルによると、スタジアムに来たサポーターは困難を受け入れねばならなかった。
 
  アタテュルク・オリンピック・スタジアムからは誰もいなくならなかった。ガラタサライのサポーターがいなくなるまでは。スタジアムがオープンした2002年、 オリンピアコス戦で何時間も散々な想いをさせられたガラタサライのサポーターは、イスタンブル広域市長カーディル・トプバシュとクラブオーナーのオズハン・ジャナイ ドゥンが出した“保障”で、前回と同じ目にあうことになった。

 イスタンブル県知事ムアッメル・ギュレルは、交通整理に不備があったことを認めた。しかし「オリンピック・スタジアムは1台の車に少人数しか乗らずに来る場所ではない。(そのような)スタジアム来場者は困難を受け入れねばならない」と話し、非難した。
 ガラタサライのクラブオーナーのジャナイドゥンとトプバシュ広域市長が出した“試合には45分で行って帰ってこられる”という保障を信じたファンは、甘い期待を打ち砕かれた。

 “3 試合で20万人のサポーター(の動員)を”というキャンペーンの最中で、共通チケットを買ってアタテュルク・オリンピック・スタジアムに来た7万人のサポーターの大部分は、試合の後半になんとか間に合った。スタジアムに向かう道路で渋滞が起こり、試合開始時間が近づくにつれ、バージュラルまで渋滞が拡がった。バスでスタジアムに来たサポーターの多くは試合に間に合うようバスを降りて坂の上からスタジアムに入ろうとした。
 マイカーで来たサポーターの一部は、試合後にスタジアムの駐車場に車を残して、自動車専用道路まで歩きそこでタクシーをひろった。
 

■標識もなく誘導員もいない 

  特にスタジアムへ通じる道でトレーラー、トラック、バスの通過を妨げず、交通警察の他に誘導する人員がいないことで、交通は麻痺した。帰り道でもスタジアム帰りの車が道路を占拠する一方で、スタジアム周辺にある迂回路を示す道路標識がなく、誘導の係員がいなかったため、迂回路は利用されなかった。

  ガラタサライのサポーターの困難はこれで終わらなかった。ダフ屋からチケットを買ったサポーターの多くは、チケット売り場職員がチケットを持っていない人を多数中に入れたため、立ち見せざるを得なかった。試合終了時にもスタジアムには2つ出口があるのを知らないサポーターがハルカル側の出口に殺到すると、大渋滞が始まった。混乱が拡がると、(警察が)規則を優先して一般車両に道を譲らせたため、一層影響が出た。
 
 逆側にあるバシャクシェヒル出口に向かった人は空いた道でスタジアムを後にした。今回の試合でも公共の交通手段が有効だったことが目に付いた。スタジアムに市バスで来た人はマイカーで来た人より早く帰ることが出来た。昨年のチャンピオンズリーグ決勝でもイギリス人とイタリア人がスタジアムへの移動に公共機関を使ったため、交通渋滞の発生は妨げられた。


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(翻訳者:住永千裕)
(記事ID:3497)