オスマン朝スルタンの末裔120人がドルマバフチェ宮殿に集合(Milliyet紙)
2006年09月21日付 Milliyet 紙

 追放の後に世界各国に散らばったオスマン王朝の末裔が、TRTの「追放の記録」のため集まった。ドキュメンタリー番組の発表のため、ドルマバフチェ宮殿で開かれた夜会に、14人の皇子を含む120人のスルタンの末裔が参加した。

 TRTのために制作された「オスマン王家の追放」という名のドキュメンタリー番組の発表がドルマバフチェ宮殿で行われ、10カ国に散らばって暮らすオスマン王朝の末裔が一堂に会した。
 一族の間で維持されてきたオスマン家の伝承により、現存する27の皇子のうち14人が集まったこの夜会で、最年長と最年少の親類も相会した。一族の中で最も著名な人物の一人であるネスリシャー・スルタンは、体調不良のために参加できなかった。

■末裔の中の最年少と最年長
 異なる国で暮らしてきたために、何年も会うことが無かった多くの親類縁者たちが出会う機会となった夜会に、スルタン・アブデュルハミト2世の(系統では)息子メフメト・セリム・エフェンディとアブデュルカーディル・エフェンディ、姉メディハ・スルタン、娘ナイーメ・スルタンの子孫、スルタン・ムラト5世の(系統では)孫オスマン・セラハッディン・オスマンオールとその子孫、スルタン・メフメト5世の(系統では)孫ナームク・エフェンディの子孫、スルタン・アブデュルハミト1世(治世1774-89年)の孫イブラヒム・テヴフィキ・エフェンディの子孫と共に次のような面々も参加した:

 アブデュルハミト2世の娘アイシェ・スルタンの息子オスマン・ナーミー、アブデュルケリム・エフェンディ(メフメト・セリム・エフェンディの息子)の子孫、スルタン・メフメト5世の孫エメル・ハドとリュトフィイェ・スルタンとファトマ・スルタンの子孫、エンヴェル・パシャの妻(エミネ・)ナジイェ・スルタンの子孫、アブデュルハミト2世の娘ゼキーイェ・スルタンの子孫。

 子孫たちで約120人が集まった夜会で、一族のメンバーの一部は親類たちと初めて出会う中、長い間お互いに会えなかった親族たちも感慨にふけった。この間に一族で最年長の、スルタン・アブデュルハミト2世の孫である90歳のオスマン・ナーミー・オスマンオールと、最年少の、スルタン・ムラト5世の子孫であるアイシェギュルネヴ・サットンの生後2ヶ月の息子ズィヤが出会うシーンもあった。

■大半はトルコ語を話せなかった
 番組のプロデューサーであるケリメ・センユジェルは、王朝の末裔たちに「祖国へようこそ」と述べた。
 オスマン・セラハッディン・オスマンオールも、以前に親類と10~15人のグループで集まったことはあったが、これほど多くの親類が集まったのは初めてだと語った。

 夜会に参加した多くの末裔がトルコ語を話せないことが注意を引く中、来賓のイスタンブル県知事ムアッメル・ギュレルは、何人かの末裔にパーディシャー(皇帝)の花押が入った鉢からプレゼントを配った。招待客たちは、オスマン朝スルタンの作曲よりなる、「ギュリザール」という名の音楽グループの演奏を聴いた。
 「オスマン王家の追放」という名の10話からなるドキュメンタリーの第1話は、10月9日にTRT2で放映される。

(注)ムラト5世、メフメト5世、アブデュルハミト2世の三人は兄弟。



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( 翻訳者:佐藤淳也 )
( 記事ID:3553 )