30万人以上のクルド人が外部から流入?―北イラク・キルクーク―
2007年03月11日付 Yeni Safak紙

トルコ世界人権協会とイラク人権センターの作成した「キルクーク人権報告書」は、「キルクークにおける“輸入クルド人”の数は30万人以上に上る」と報告した。

トルコ世界人権協会とイラク人権センターが共同で作成した「キルクーク人権報告書」には、キルクークに居住させられているクルド人の数が30万人であることを明らかにした。

キルクーク人権報告書は、アンカラのシェラトンホテルで開かれた会合で一般に公開された。報告書は、キルクーク地域におけるトルコ系住民の居住の歴史やローザンヌ条約後のモースル問題、アメリカによるイラク占領に言及している。報告書には、2003年のアメリカのイラク占領とその後の状況について次のように記述された:「2003年のアメリカによる占領により、キルクークにおけるトルコ系住民の民族アイデンティティは、全世界の目の前で変えられようとしていた。占領者であるアメリカと協力関係を築いたクルド人は、(キルクーク地域にある)全ての国家機関を掌握した。街の治安はペシュメルゲ(※またはペシュマルガ:クルド人の武装組織)の手に委ねられた。クルド人はキルクークを略奪しながら、一方で人口統計学上の構成を変えるため人口管理局を襲撃した。何千人ものクルド人がイラクに連れて来られ、サダムスタジアムに、後にはテント村に居住させられた。キルクークでは今日時点で(こうした形で連れて来られた)“輸入クルド人”の数は30万人以上に上る」。

報告書は、モースルとキルクークがおよそ1000年にわたって(トルコ系の)テュルクメン人の生活領域であったことを明らかにした上で、1920年までこの地域を統治していたトルコ系住民は、列強による「石油分配戦争」に際して融和的な態度をとったと報告した。報告書は、キルクークがイラクの北部に構築されたいわゆる「クルド連邦地域」に組み込まれようとしていると述べ、世界規模の帝国主義が中東を再び各々の勢力下に分割する過程に入ったと指摘した。

■「1つの人種だけに我々の門戸を開くことは人種主義だ」

会合に参加した共和人民党(CHP)のオイメン副党首は、与党が参加した国際会議の席上でキルクークのトルコ系住民の抱える苦悩が語られず、与党が現地の住民の声を代弁しなかったと主張した。オイメンは、「1つの人種だけに我々の門戸を開くことは人種主義である。クルド人あるいは他の人種、また抑圧されている全ての人々に援助の手を差し伸べるべきである」と語った。キルクークのトルコ系住民の問題は民族主義の問題ではなく、現地住民の人権問題であるとした。オイメンは、イラクの民族集団が板挟みの状態で放置されてはならず、イラクにおける国民国家のアイデンティティの形成が起こっている内戦を鎮めるであろうと述べた。

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(翻訳者:穐山 昌弘)
(記事ID:10375)