フラント・ディンクの息子に禁固刑が求刑される
2007年06月15日付 Radikal 紙

ロイター通信社に「これはジェノサイドだ」と述べたために、フラント・ディンク氏はトルコ刑法第301条に問われた。しかし同氏に関する告訴は本人の死亡により取り下げられた。同じ裁判で公判中の息子には、3年の禁固刑が求刑されている。

銃撃により暗殺されたアゴス新聞の総編集長フラント・ディンク氏に関する裁判が取り下げられた一方で、ディンク氏とともに罪に問われた人たちは、昨日(14日)、法廷で判決を受けた。

アゴス紙の編集局長アラト・ディンク氏、アゴス紙発行人のセルキス・セロプヤン氏は、(3つのうちの)ひとつの裁判では無罪となった。

しかし「トルコ性を侮辱した」としてこの裁判と同時に開かれた別件の裁判では、3年の禁固刑が求刑された。
フラント・ディンク氏は、ロイター通信社に「もちろんこれはジェノサイドだ」と語り、そしてこの発言が2006年7月21日付アゴス紙に掲載されたのだった。

■ロイター通信社でのルポルタージュ

ロイター通信社によるルポルタージュをアゴス紙に掲載したため、トルコ刑法第301条に基づき、ディンク氏とともに同紙編集局長のアラト・ディンク氏、発行人のセルキス・セロプヤン氏が起訴されていた。
ディンク氏は死亡したため、自身に向けられた告訴はとりさげられた。その一方で、息子のアラト・ディンク氏とセロプヤン氏は、14日、シシュリ第二下級裁判所で裁判官の前に姿を見せた。

■「私も告訴したい」

アラト・ディンク氏は、複数の裁判が起こされたことが大きく影響して、父親が標的にされたと述べた。そして裁判開始に関わった全ての司法関係者を告訴したいと語った。
セロプヤン氏は、「トルコ刑法第301条に反対する署名を集める必要があれば、今すぐまた同じことを私はします」と述べた。

ムジャーヒト・エルジャン検事は、立証されていないジェノサイド問題、そしてひとつの民族が抹殺されたことを遠まわしに述べることで、被告人がトルコ性を侮辱したとし、最高3年の禁固刑を求刑した。公判は次回に持ち越された。

同裁判所では、ディンク氏が6ヶ月間の禁固刑を言い渡された後、アゴス紙に掲載された記事が理由で、フラント・ディンク氏、アラト・ディンク氏、セロプヤン氏、そしてアイドゥン・エンギン記者が「判決に影響を及ぼそうとした」として起訴された裁判も同時に開かれた。ディンク氏に関する告訴は取り下げられた一方、他の被告人は無罪となった。この訴訟の公判初日、ディンク氏は襲撃にあったのだった。

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( 翻訳者:幸加木 文 )
( 記事ID:11159 )