北イラクのザホはまるで南東アナトリア地方の町のよう
2007年06月19日付 Milliyet 紙
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国境をはさんで、スィロピ郡の反対側にあるザホという小さな町には、ここ最近の1年間で、南東アナトリアの小売業者が殺到した。経済がトルコの状況に左右されるザホでは、越境軍事行動のためトルコの動向を見守っている。「ハブル国境が閉鎖されれば、ザホ経済は破綻する」とザホの人々は言う。

シュルナクのスィロピ郡と国境をはさんで反対側にある北イラクのザホと呼ばれる小さな街は、どこにでもある南東アナトリア地方の小さな町を思わせる。ザホでは、クルド語とともに、トルコ語が第二言語として話されており、トルコ経済に深く関った生活が続いている。

越境軍事行動が主張されると同時に、ザホの人々の関心はトルコに向けられた。必需品の大部分をトルコ経由で確保しているザホの人々は、出費を抑える一方で、小売商を営めないと訴える。地域住民は、トルコ政府がテロ組織PKKのために自分たちに罰を与え、そしてハブル国境門を閉鎖しなければよいと思っている。

■トルコから小売商が押し寄せた
巨大な建設現場を思わせる北イラクでは、仕事を求めて何百ものトルコ系企業が進出している。ザホには、とくにこの1年の間に南東アナトリアの小売業者が殺到した。シュルナク、マルディン、バトゥマン、シャンルウルファ、そしてディヤルバクルをはじめ、この地域の多くの場所から来た飲食業、製パン業、理髪業、喫茶業、写真業を営む店主が、ザホで店を開いた。ザホの光景はいまやスィロピやシュルナク、そしてディヤルバクルを思わせるほどだ。

■市民は不安をつのらせる
ユスフ・ユルトタシュさんは、シャンルウルファから3年前にザホに来て、ラフマージュン(トルコ風ピザ)と菓子屋を開業した。ハブル国境門での出入りに時間がかかるようになったこと、そして国境に兵士が派遣されたことの影響を最も強く受けたのは自分たちだといい、ユルトタシュさんはこう話す。
「皆、不安がっています。ザホにトルコ人運転手は来なくなりました。店で働く労働者の多くがトルコに戻ってしまいました。ザホの経済はトルコと深く関係しています。小さな危機でも、この地域には爆発のような大きな影響を及ぼすのです」

ディヤルバクル出身で、ザホで歩道の舗装の仕事をしているアリ・チチェキさんは、「越境軍事行動に不安を感じたため、多くの労働者がこの地を去りました」と語った。
ディヤルバクルのビジネスマン、メフメト・ペキコライさんも、トルコの写真チェーン店のひとつを「メフメト写真館」という名前でザホに開業した。そして近々、同地域の別の街にも支店設立を計画しているという。ペキコライさんは、「地域の人々に気に入られています。ザホとドフクを見てください。まるでトルコにある小さな街のようでしょう。しかし越境軍事行動の噂がビジネスを停滞させています」と語った。

ザホで外貨両替所を営むエサト・マフムト・ドストキさんは、「ザホの経済は、ハブル国境門と深く関っています。国境が閉鎖されれば、ザホ経済は破綻するでしょう。軍隊が来るという予測から市場に70パーセントもの悪影響がでました。」と語った。

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( 翻訳者:トルコメディア研究2007 )
( 記事ID:11265 )