Naci Bostanci 解説:民族主義者行動党(MHP)の政治における最初の印
2007年08月02日付 Zaman 紙

 MHPは国会に14.3%の得票率、70議席と共に入った。穏健で安定を約束する、トルコを包みこむような政治の風により、公正発展党(AKP)が有権者の半数近くに達した選挙において、この結果はMHPにとって大きな成功である。事実、民主左派党(訳者註:総選挙直前に同じ中道左派系政党である共和人民党と選挙協力をした)の要素を片側においてみると、主要な野党の正道党(DYP)、更に、国会では無所属の議員達によって代表されるであろう民主市民党(DTP)も含めて全ての政党の票が減少したことが話題となっている。この事実もMHPの得票の増加を更に重要とする一方で、同時に、この増加の意味を解くこと、そして国会における力をこの方向性で使うことに責任が負わされつつある。MHPが民族主義を特別に重要視していることを皆知っている。選挙キャンペーン中にしばしば議論された分離主義、EU、北イラク、グローバリゼーション、更には経済状況といったテーマはMHPの主張においても重要な位置を占めていた。トルコにおける市民政治の議題と民族主義の間にある活発な関心は、もはや議会での政治的・文化的文脈が何を言うのか、そしていかなる方向性で解決方法を生み出すのかという問題を露わにした。一方では、総選挙の雰囲気において全ての政党が採用した過激なスタイル、民衆を活動に駆り立てる挑発的な物言いはMHPにおいても存在していた。これに関しては、いかなる政党も他党に関して言うべき言葉は存在しない。更に過去の選挙キャンペーンを考察すると、投票箱から最も多くの票を得ようとする戦略はますます過激化し、先鋭化し、他党と自党を絶対的な「善‐悪」の関係性に定着させようとしていることが見受けられる。きっと、いかなる政党も有権者達に「彼らもすばらしい、しかし我々の方がより優れている」とは訴えられない。政党の政策を学術的な評価の場に移すことも出来ない。今、選挙は終わった。他党のように、MHPもまた、主張の新しい文脈は目の前のトルコ、具体的な問題そして解決法の提示である。

■MHPの選挙戦略

 MHPはこの選挙における立場を、AKPと自党との間における距離を深め、一種の対照的なものにし、天国と地獄ほどにこの二党を別々なものにすることに構築した。CHPとの対立により票を独占し、「中道右派の諸派を争わせて」この支持層を自党の傘下にあつめるというAKPの選挙戦略に対し、MHPが採用した戦略は、彼らからすれば間違いではなかった。更に以下を計算に入れることも必要である:AKPとMHPが対象としている社会層の有権者のプロフィールは社会‐経済的特性の点でそれほど大差はない。AKPの政策に対して、MHPが核としているある層は激しい批判の側で、より多くの層は距離のある、本質的ではない程度の差異に拠って反対の立場にある。このような社会的基盤においてAKPに対して穏健なMHPでは成功の度合いが今日の選挙結果よりもはるかに後退していることだろう。ここで、MHPが提示する政策が彼らの世界観にとっては真実味に乏しく、単に現状を鑑みて採用したより賢明な戦略の産物であり、そのために作り出されたとは言うことが出来ない。諸政党は同時に、党中央エリート達の国に関する認識を大衆に届け、ここから大衆を動員する方向性で振る舞い、MHPもそのようにしていた。

 選挙は、すべてここで述べてきたことを抱合した、ある共同の判断の結果として公になった。もちろん、国民が国の諸問題や解決法をたった1人であるかのように考えて票を諸政党に分けたということではない。しかし、どの政党に、どの主張にどの程度必要性があり、国の問題と提示された解決法との間における力や権力関係が、いかなる構成によって統括される必要があるかという方向性において公となった意志は、トルコの共通の知性や真実である。この枠組みから考察されるとMHPへの言葉を以下のように理解することが可能である:この国には民族主義の感性、態度、そしてこの方向性で形成される政策が必要である。提示している考えは最低限現在の穏健‐リベラル政権が審査される観点から重要である。一方はというと政界におけるパフォーマンスと関係ある。

 トルコにおける主要な野党の伝統は、政権が何をしても批判をし、政権が示した協議事項に反対をすることである。野党勢力は政府の政策に関して積極的な態度を取ることを放棄しなさい、発言することでさえ真の弱さとして見なす、このように振舞ってきたことで有権者達の支持を失うかもしれないことを考えつつある。

■MHPの政策の糸口

 基本的に、政党が同時にある官僚的な構造であることも説明する必要がある。常に、「真の諸条件で」大衆の間にある下層部と、ただ組み立てられたと言うことが出来る特別の条件で人々と接触する上層部との間にある認識、解釈、政治の差異は見過ごすことが出来ないものだ。国民は、強制による反対と、正当に表明された批判をそれぞれ非常にきちんと分類することができる。真の認識、説得力のある必要性、国民の現実性から乖離した反対の形は関係する政党にいかなる利益を保証することも期待できない。ある政治的な呼びかけが国民において見返りを生むことは、言葉が力ほどの反応として来るという現実と関係ある。

 選挙終了後のこの短期間におけるMHPの態度や声明は以上述べてきたことの観点から注目すべき違いや特性を持っている。第1にMHPは上で述べてきたような種類の古典的な反対の意図により振舞わないように見られるからである。大統領選挙のような重要な案件においてCHPと共闘して危機を演じ、総選挙で勝利したAKPには実はそれほど力がないことを示すといった政策の代わりに、最初から国会に参加することを表明し、「和解のためエルドアンに期待する」といったような、コンプレックスの香りが漂う馬鹿話をせず、ボールや責任を全てAKPに投げて、このトルコの一体化が「外部からの外圧から独立した1つの形で」最も賢明な和解を自党内で行うため、それ(AKP)に機会を認識したのだ。総選挙前にしばしば議論されていたCHPとMHPの連立政権は不可能であろうこと、この政党との関係がライバルまたは親族関係からもたらされないであろうことの糸口もこのように公にされた。
 
 第2に、選挙にあったように、来たる会期においても政治の協議事項を構成させる、民族主義が近い関心事において占める位置についてMHPがいかに振舞うかは未だ知られていない。ある政党に関して、その中の1派の構成者達がそれに関心を示しても無関心に留まれない人々、先鋭化する人々の状態は、その党が分別ある条件で理解されることの前に存在する最も巨大な障害の1つである。この状態はその党が「自らの言葉」よりもより多く、関係者達の「つながり」から理解されることを手助けする。ある時期連立政権の一員として政府に参加していたMHPが、知られ認識された幻想の影において、根本的に最も少ししか理解されない政党の1つであることを考える必要がある。選挙の前、国家主義者とMHPの支持者がお互いに腕を組んでいることを推測するかなり多くの人々がいた。MHPが提示する価値や社会基盤に全く関心を示さない一部の人々が、インスピレーションをAKPの敵意から得た理解により「左派はCHPに、右派はMHPに投票しよう」と言うことが出来た。MHPは来たる時期に自党をより良く説明し、基本的な案件との接点はどこにあるのかを示し、主張には説得力のある必要性をはっきりと公にする点に関して大きなチャンスを得た。協議事項の案件はMHPの血管を形成している案件である:これらに関係する考えを地方の基準からなる熱い雄弁によってではなく普遍的なつながりに定着させられた時に賢い、解決法に満ちた、説得力のある、国民の視野を作り出すことは驚くべきことではない。MHPの背骨を構成する政治家達の経験、インテリ達の蓄積や実業家達のグローバリゼーションに関する獲得はこの方向性において、ある野党の賢明な基盤を構成するだろう。基本的にトルコのようにもはや殻を破った国において現政権の代替となることの方向性も、殻を破る向こう見ずさや理解から来ている。

 第3に、トルコにおける民族主義の政治はDTPが国会に入ることにより、非常に重要なテストやパフォーマンスの場と共に直面する。トルコの一体性をいかに保障するのかについての考えや態度に関する役者達の中で、おそらくMHPは最も重要な役者に一番に数えられるべきである。問題は複雑な過去、流血の傷害、過激な人々の存在が、容易で危険のない解決法が可能ではないかもしれないという推測する人々である。しかし、最も高い私の勝利と共に解決の瞬間が来るまで状況を守る政治は、時と共に常に状況を守ることに変わり、新しい過激派が観客となることから反対の意味をもたらさないことである。「DTPの議員達と抗争しますか?」と問うた、当初からMHPを潜在的な武装集団と見なす理解を驚かせる、ただ自らの基盤のため、普通に対応されるある統一の路線はMHPには存在する。

 「新しい」単語が一部不快な連想を括弧にくくるという記号であることによって、MHPは自らを新しくなった1つの政党であることを言うことが出来る。現在最初の記号や意図が見られるこの刷新の規模、意味は政治が日常的な段階で形成されるだろう。MHPは、その主張や活動と共に興味を持って追跡され1つの政党となることは確実である。

※訳者註:Mehmet Naci Bostanciについて
 1957年生まれ。アンカラ大学政治学部時代にMHPの関連支持団体である『理想の炉辺』に参加、執行部のメンバーでもあった。1980年軍事クーデターにより逮捕される。現在はガーズィ大で教鞭を取っている。

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( 翻訳者:関口 陽子 )
( 記事ID:11541 )