Bertan Onaran コラム:「アナトリアの赤い出逢い」
2007年10月10日付 Cumhuriyet 紙

これはベルフィン出版が発行したアスケリー・オネルの本の題名だ。小説と記されているが、真実のアナトリアの、トルコの、ひいては人類の歴史の要約だ。
アスケリー・オネルは、我々皆のように、偶然と必然の産物だ。1945年にタルススで生まれ、経済・商業を学び、1968年代の情熱で社会的現象に関心を寄せている。1971年の軍事介入でドイツに避難し、1974年に祖国に戻り、1980年まで労働者組合や生産者協同組合活動をして、労働者の組織化に参加している。1980年の軍事クーデターで投獄され、党も解散している。ちょうどその空白期に芸術に惹かれる。1989年にユヌス・ナーディ・シナリオ賞を受賞している。それ以降、伝えたいことはこの方法で伝えようとしているようだ。この小説も最初は映画シナリオとして構想し、後に小説にしているようである。

この本は、1200年代から始め、イスタンブルの、アナトリアの、有名な十字軍遠征の歴史を主題としている。映画に似合う独特の流暢さを保ちながら、互いに入り混じるフラッシュバックを重ねながら、何世紀にもわたって比較対照を繰り返している。

この本の題名も非常に面白い。ハジ・ベクタシュ・ヴェリ寺院の門に書いてあるそうだ、「赤い出逢い」と。「赤い」というのは分かるが、「出逢い」とは、ここで秘密の会合場所を意味しているそうだ。あの秘密の会合場所でアナトリアのアレヴィー派が、ババーイー派が会合し、弾圧や残虐から解放されるすべを探っていたそうだ。

「3500年ほど前、予言者や地元の牛飼いに導かれてバルカン半島からトラキアへと下ってきた野蛮なゲルマンの部族がボスフォラス海峡沿岸に辿り着いたとき、しばらく留まり、牛車の上に備えられた家とどうやって向こう岸に渡ろうかと長々と議論したはずだ。

青銅器時代の蛮族から3500年経ち、ネズミの尻尾に(マルマラ内海の正面に)今度また別の蛮族が現れたのである。

この蛮族も青いネズミが鼻を伸ばすアジアのチーズのために来ていたが、止められたのだ。

大英帝国艦隊がダーダネルス海峡で史上最悪の癒され得ない敗北を被ったのである。

ムスタファ・ケマルの防御を超えて黒海を通ってロシアへ渡り、アイデンティティー(!?)の戦いに挑んでいる諸民族と協力してボルシェビキ革命を鎮める機会を、またこうして後に続くアナトリアから生まれる独立闘争を鎮める機会を逃したとき、艦隊の隊長たちがこの驚くべき地誌学的現実に対して大いに憤怒したようだ。」

アスケリー・オネルは、この引用にも垣間見えるように、一貫した発想によって何世紀にもわたる出来事の理由や結果を探求できている。彼はこの本を書く際に一生涯読んできたものに加えてこの作品だけのために71冊の重要文献を活用したそうだ。したがって人類史のすべての偉大な学者たちを、その教えをよく知っている。地球や宇宙をエネルギーに基づいて説明する考え方の先駆者デモクリトスも無論そのうちの一人だ。オネルはデモクリトスの「宇宙のすべてが偶然と必然の産物である」という言葉をすでに自分のものにしていることが次の引用を読むとはっきり分かる。

「偶然を含んでいなければ、いつか恋愛するはずだと待つことは無駄ではないのか。
偶然を含まない革命や反革命が起きたことがあるのだろうか。」

***

「受精させ合う個人たちが、存在物の自然への適応原則に応じて変化や分離を起こして種を形成してきているのは正しい。しかし、自然の法則における必然性の中に偶然要素もある。遺伝学は、非常に保守的である遺伝子が自らを必然的にコピーして未来につなぐ時に、ある程度誤って(!)純コピーではないものも作っていることを確認している。」
歴史の流れをこのようにみると、より健全で説得力のある指摘ができる。次はそのもう一つの例だ。
「産業革命の発展過程の中で利益を拡大させる効き目のある方法が探られているときに、貨幣を作る機械と金銭から金銭を生み出す銀行が結婚することによって利益が増加することが発見されたのである。後にどこでどのように出来たのか、産業資本と銀行資本の孫たちが結婚し、この近親相姦によって両親まで騙し通す無頼の子孫が、つまり金融資本が生まれたようである。」
端的に言えば、アスケリー・オネルは535頁にわたる衝撃的な作品において、興味深く熱心に読めるものを書き上げている。彼にも、この重要な作品を我が国のこの困難な状況の中で出版したイスメト・アルスランにも心より拍手を贈りたい。

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( 翻訳者:イナン・オネル )
( 記事ID:12171 )