Ismet Berkan コラム:フラント・ディンクを殺したのは「私たち」
2007年01月20日付 Radikal 紙

私の妻が電話で涙をすすりながら尋ねた:「なぜ殺されたの?」そもそも私はのどは既に締め付けられていて、「どうしてなんだろう」「彼がアルメニア人だったから」と言うのがやっとだった。ニュースを聞いて以来、頭の中が打ちつけられるように感じている。フラントとともに私の一部が死に、皆の一部も死んだ。

フラントは金の心(=金と同じくらい高貴な、素晴らしい心)を持つ人だった。私が誇張したと思わないでほしい、本当に金でできた心の持ち主だった。しかし我々の社会で後を絶たない殺人鬼にとって、彼には大きな罪があった。それはアルメニア人であるということだった。
言葉が達者で、事を“闇の勢力”や“裏の力”のせいにしたがる連中が姿を表すはずだ。もう表したようなものだが。そいつらに耳を貸してはいけない、フラントはまずアルメニア人であったために、さらに定着した思想とは異なる考えを持ったり、それを言葉や文章で表現する勇気があったために殺されたのだ。これは何よりもまず人種主義的な殺人である。

昔はこのような殺人事件が起きたときにはすぐに私の頭に「derin devlet(※1)」という言葉が浮かんできたが、今はそうではない。なぜならトルコにおける民族主義的な空気を生み出した者たちがそれほどまでに残忍な怪物を育てたために、すでに街中にはderin devletが十分には民族主義的でないと考え、自分たちで率先して引き金を引くことを熱望する多くの「オオカミたちの谷」の申し子がいる。

ある私の読者が手紙で、「ラディカルの見出しを『我々がフラント・ディンクを殺した』にしてほしい」と書いてきたそうだ。私はそのタイトルを自分のコラムに頂いた。なぜなら私自身は我々が選んだラディカルの見出しの方が状況をよりよく説明していると思うからだ。

トルコでは、この雰囲気は一歩一歩自覚的に作られた。この人殺しも辞さない民族主義の雰囲気を生みだした者の中には広告屋もいる。政治家も、いわゆる宗教指導者も、新聞記者も、映画やドラマの制作者もそうだ。フラントのなきがらから染み出して歩道に広がった血は、(こうした雰囲気を作るのに)貢献したすべての人の手を血染めにした。
もしもそうした人々が良心の呵責(かしゃく)を感じることができるだけの人間ならば... しかし見てごらんなさい、昨日だって自らのことを総発行人と呼ぶ人物が、人種主義そのまんまの見出しをつける代わりにトーンのより弱いものを選ぶことで得た誇りを恥じることなく自分のコラムに書き、読者と分かち合っていたではないか。大したことでもしたかのように。

* * *

オルハン・パムクの裁判が続いているとき、向かいの歩道にいた“抗議人”たちが1枚のプラカードを掲げていた:「宣教師の子どもたち...(=売国奴)」。名前の挙がった人の中にはフラントもいた。私もそうであるし、ハサン・ジェマル(※2)も、ムラト・ベルゲ(※2)も、ハルク・シャーヒン(※2)も... その中でフラントが殺された。次は一体誰の番なのか。
それからさかのぼること3年、人から人の手に渡り、最後にあるところで出版された“祖国の裏切り者リスト”があった。一説によればこのリストはある軍司令官の部屋で用意されたらしい。そのリストにもやはり我々の名前があった。我々の罪は、キプロス問題で国とは考えを異にしたことだった。このリストは殺人鬼の手中にもある。さあ、誰が先陣を切って引き金を引き、まず誰を殺すだろうか?

* * *

果たしてケマル・ケリンチスィズ(※3)とその仲間は昨日フラントが殺されたことを聞いたとき、心の中でわずかであれ痛みを感じただろうか?皆の良心について私にも誰にもあれこれ言う権利はないが、この殺人の原因を作った雰囲気の中で、刑法301条とそれをめぐって起こった騒動が全く無関係だったと言えるであろうか?301と口にするとき、エルドアン首相やギュル副首相兼外相、チチェキ法相、アクス内相は昨日知らせを受けて最初に何を思っただろうか?異論を唱える有識者の報告にもかかわらずフラントを有罪にした裁判官や、最高裁共和国検察局の反対意見にもかかわらず罪を承認した最高裁の判事は、事件を聞いたとき一体何を思ったか?

* * *

さあ、我々の中の誰かに「アルメニア人よいい気味だ」と言っている者がいるだろうか?
きっといるに違いない。なぜならある人々に対してこう言わせるように、この国では長い間大変な努力が払われてきたのだから。
この国で人とは少し違う考えの持ち主にはいつも“仕事”が舞いこんで来る。その最も軽いものは、裁判に引っ張り出されたり、もしかしたら刑務所に入ったり、社会的なリンチの的になることである。最も重いものは、昨日フラントの身に起こったことである。最もつらいものは、あとに残された者のひとりとして、フラントが最初の犠牲者でも最後の犠牲者でもないことを知ることである。

私は友を1人失くしてしまった。トルコは、金の心を持つ国民を1人失くしてしまった。
我々の誰もが自分の持つ人間らしさの一部をまた少し失くしてしまった。
フラントの行き先が天国でありますように。


(※1)「深い国家」の意。国が合法的にできない仕事をひそかにこなす組織や人物。
(※2)いずれも新聞のコラムニスト。
(※3)弁護士。ディンクが国家侮辱罪を規定した刑法301条について訴えられるきっかけを作ったことで知られる。

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( 翻訳者:穐山 昌弘 )
( 記事ID:4397 )