串本町沖で沈没したエルトゥールル艦の引き上げプロジェクト、今月実施(Milliyet紙)
2007年01月05日付 Milliyet紙

ボドルム水中考古学研究所、ヤプ・クレディ個人年金会社、トルコ水中考古学基金は、日本沖で1890年に沈没したフリゲート艦「エルトゥールル号」の引き上げ作業を今月始める予定であることを公表した。

日本の紀伊大島付近で殉職した550人の海軍兵に関する記憶を蘇らせようと企画されたプロジェクトについて、研究所のトゥファン・トゥランル所長、ヤプ・クレディ個人年金会社の副会長、ビュレント・エリシュ博士が説明を行った。トゥランル所長は、水中考古学の重鎮が参加する調査チームが1月8日~27日に潜水を行って調査を開始すると述べ、次のように続けた。
「エルトゥールル号プロジェクトの目的は、祖国から1万km離れた遠方に眠っている英雄たちに関する記憶を蘇らせることです。フリゲート艦は、弾薬とともに引き上げられ、殉教記念碑のそばにある博物館に展示される予定です。」

■どのようなエピソードでも歓迎

トゥルランル所長の説明によると、プロジェクトの進捗状況はインターネットサイト www.ertugrul.jp で、また調査の詳細については毎日TRT2(※TRT:トルコ・テレビ・ラジオ協会)で見られる。同所長はドキュメタリー製作についても触れ、次のように続けた。
「ドキュメンタリーでは、殉職者と生存者の近親者から伝えられた情報と資料がとりあげられる予定です。情報をもっている方はどんなエピソードでもインターネットサイトを通して、または電話(Tel/0252 316 22 48)で我々に知らせて下さい。」

エリシュ博士はこのプロジェクトについて、「トルコ国民が歴史と出会う」ためのプロジェクトだと表現した。トルコ航空がこのプロジェクトに対し移動手段を提供していることも明らかになった。

■台風を乗り切れず

フリゲート艦「エルトゥールル号」は1890年、アブデュルハミト2世により親善使節として日本に派遣された。同艦は11ヶ月の航海を経て日本に到着し、明治天皇の歓迎を受けた。天皇の要望に応え、艦長のオスマン・パシャはスピーチをトルコ語で行った。困難かつ重要な任務を終え、海軍兵らは台風の季節であったにもかかわらず帰途についた。しかしフリゲート艦は、紀伊大島沖で岩礁に激突、ばらばらに破壊された。オスマン・パシャを含む550人の船員が殉職した。


Tweet
シェア


現地の新聞はこちらから

 同じジャンルの記事を見る


(翻訳者:倉本さをり)
(記事ID:4286)