イラク、喜びの消えたヤジード派の祭礼
2008年04月16日付 al-Sabah al-Jadid 紙

■イラクの治安情勢がヤジード派の祭礼から喜びを奪う

2008年04月16日付サバーフジャディード紙(イラク)HP1面

「今回の祭礼(イード)は味気ない」。ヤジード派の青年、サミール・ハーリド・ラシューは苦々しく言った。これまでの祭礼ではヤジード派の祭りにつきものの太鼓のリズムに合わせて踊るのが常だった。「去年の8月のように武装グループが私たちを狙うのではないかとの不安が祭りの喜びを台無しにしている」。ラシュー(23歳)は独立系通信社「イラクの声」に対し、こう発言した。「新年の祭は社会情勢の変化や、この国で続く厳しい情勢のためにヤジード派の青年たちが移住してしまうせいで、年によって様子が違う」「今年の祭典は味気ない。友人たちが国を去り移り住んでしまったから」。

ヤジード派(北イラクに多くの信者を持つイスラーム、キリスト教、ゾロアスター教等の混交的な宗派)の人々は、西暦より13日進んだ東方グレゴリオ暦〔訳注:ユリウス暦のことと思われる〕で一年の最初に訪れる水曜日を、彼ら独特の儀礼を多く含む最も大切な祭礼の日として祝っている。

一方、ニネベ県シンジャール出身でイラク最北のドホーク県で働いているハダルは、「まるで生きた心地がしない。家族に十分にものを与えてやれない以上、どうして祭りを祝いに家族の元へ戻れるだろう」と語る。

ハダルは祭礼を楽しめない理由について、「社会も経済も変わってしまった。昔のお祭のことをいつも思い出すよ。家々はアネモネの花で飾りつけられ、その上から色を塗った卵の殻が飾られていた。それが新年の祭りの儀礼だったんだ。そして墓参りをして、屠った動物の肉をお供えした。今ではとてもお金がかかって、難しくなってしまった」。

 これに対し31歳のハーリダ・マフムードは祭りについてコメントせず、「今年は周りの状況も祭りの儀礼も変わってしまった」と言うにとどめた。

 ヤジード派の作家、ハイリー・ブーザーニー氏はイラクの声通信に対し、「ヤジード派の祭りでは365本のロウソクがラリシュ神殿で灯される。それは一年の日数を表わしていて、ヤジード派は日没の前に光を灯して新年を迎えるんだ」と語った。

 またヤジード派最高意思決定機関のある人物は匿名で以下のように語った。「ここ4年間と同様、今年もラリシュ神殿での大規模な祝典は行われなかった。ヤジード派と他のイラク同胞との連帯を阻害するようなヤジード派へのテロ攻撃と異常な環境とがその理由だ」。

 ラリシュ神殿はヤジード派信仰の中心地であり、モースルの北60キロの距離にある。またモースルの北東に位置し、ヤジード派が居住するシンジャール郡は、昨年8月に4件の自動車爆弾事件に見舞われ、200人の死者と200人を越える負傷者を出した。ダヒール・カースィム・ハッスーン郡長によると、その全員がヤジード派だった。
(中略)
 
 ヤジード派の起源は古く、国連難民高等弁務官事務所によれば世界中に約80万人の信徒を擁する。そのうち55万人がイラクに暮らし、ヤジード派にとって最も神聖な場所とされるラリシュ神殿が位置するシンジャール郡に集住している。モースルの北50キロのシェイハーン郡およびモースルの東15キロのアシーカ地区とクーシュ地区、ニネベ県のいくつかの地区とザホにもコミュニティーが存在する。

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( 翻訳者:根田文佳 )
( 記事ID:13660 )