夫殺し事件:若妻の「血の賠償金」支払いに人々の寄付
2008年06月16日付 E'temad-e Melli 紙


(前略)

 夫殺しの罪でキサース刑〔同害報復刑〕の判決が下された、アクラム・マフダヴィー救済ためのディーヤ〔キサース刑免除の代わりに支払う「血の賠償金」〕の寄付が1億4850万リヤール〔約172万円〕を超えた。寄付金の募集はさらに続いている。

アクラム・マフダヴィーの弁護士は、寄付金について述べるとともに、さらに次のように話した。「アクラムの事件は、テヘラン刑事検察庁・刑執行部で、司法長官からの〔キサース刑執行免除の〕許可を待っているところである。我々は被害者遺族にディーヤを支払うことで、〔キサース刑免除のための〕合意が得られるよう望んでいる。」

被害者遺族が求める金額を集め、アクラムのキサース刑が免除されることが望まれる一方で、それ以前、被告人の娘も司法長官に次のような書簡をしたため、母親への刑の執行停止を求めた。

「私はマジード・マフダヴィーとアクラム・マフダヴィーの娘の「セイイェデファーテメ」です。高校1年生です。家庭の問題のため、全寮制の学校で生活して数年になります。投獄されている母にはもう6年ほど会っていません。正直な気持ちを言わせていただくと、私はこのような生活や孤独に疲れてしまいました。母親のいない生活はとても辛いものです。私に課せられたこの運命を嫌悪しています。
私には、物心ついたときから父親も母親もいません。ただ両親からもらった名前だけが私に残されているだけです。母ができるだけ早く釈放され、母のそばにいられるようになると良いと願っています。」

 74歳の夫を殺した罪に問われている、この33歳の女は、これ以前、自身の境遇を振り返って次のように述べていた。

私は13歳で従兄弟と結婚しました。一緒に暮らし始めて5年後、夫が他の女と親しくなったので、私は当時たった25万トマーンの婚資金を受け取って彼と別れました。この結婚によって私には5歳の娘が一人おりましたが、夫が麻薬常用者だったため、彼女の養育権は私に委ねられました。

20歳のとき、父に強制されて他の男と結婚しました。このとき私は50歳年上の男と結婚しました。彼には他に2人の正式な結婚による妻がいました。私ははじめ彼女たちも夫の妻であるということを知らされていませんでしたが、しばらくしてそのことを理解しました。夫とは8年間暮らしました。この間2回、様々な理由で離婚を求めましたが、・・・(中略)・・・認められませんでした。

 しばらくして、私は「ベフナーム」という名の若者と親しくなりました。ベフナームは私たちの生活状況を理解していました。彼は私がどれほど苦労して状況に耐えているか知っていました。彼は私が夫に苦しめられずとも済むように、私の夫を殺してはどうかと提案しました。私はそれには反対しましたが、私たちの関係がより深くなると、彼は私が夫殺しを実行しなければ私の娘を殺すと脅迫さえしました。

 殺害は1384年のモルダード月〔2005年7~8月〕に行われました。私はこの事件の3日後、警察に自首して、事情を説明しました。その年のシャフリーヴァル月[8~9月]には容疑者として逮捕され、エヴィーン刑務所に移送されました。その後テヘラン州刑事裁判所で裁判が行われ、キサース刑が言い渡されました。この間ほとんど娘に会うことはできませんでした。

 現在私は夫の遺族と話をし、彼らは6億リヤール[約705万円]を受け取ることで、〔キサース刑免除に〕同意する用意があると言っていますが、私にはこの金額を支払う力がありません。


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( 翻訳者:佐藤成実 )
( 記事ID:14123 )