80歳女性、運命の結婚へ:「神に感謝」
2008年12月16日付 Iran 紙

【事件部:イーラーン・ヴァーシェガーニー=ファラーハーニー】若かりし頃、隣人の男性と恋に落ちながらも結婚することのできなかった女性が、80歳を迎えてついに夢を叶えるべく、結婚許可の取得のため裁判所を訪れた。

 しばらく前のこと、腰の曲がったセターレさんは杖をつきながらよろよろとした足取りで、弁護士とともにテヘラン家庭裁判所第276法廷を訪れた。彼女はそこでマフムード・バッガール・シールヴァーン判事に対し、行方不明のままの父に代わって恋仲の男性との結婚許可証を発行してくれるよう求める嘆願書を提出した。

 齢を重ねたこの女性は、判事に事情を次のように説明した。
私の父は、気が荒く、自分勝手で、傲慢な男でした。資産があり、生活も裕福だったという理由で、40歳の時に私の母と〔周囲に〕強要されて結婚しました。このため、両親は何のインセンティブもないまま共同生活を始めたのです。

父は母に何の愛情も、関心も見せませんでした。私が生まれても、父の態度に変化はありませんでした。私が2歳の頃、突如父は私たちを置き去りにして家出をしました。そのため、私の子供時代は〔父の帰宅を〕母とともに不安を抱えながら待ち続ける日々でした。しかし父の消息は杳(よう)として知れませんでした。父が生きているのか、それともすでに死んでいるのかさえ、私たちには分かりませんでした。

私が青春まっただ中の20歳の頃、ジャムシードという名の男性と知り合い、恋に落ちました。しかしそれは苦悩の始まりでもありました。私の将来に多くの期待を寄せいていた母は、私の教育に自らの関心のすべてを注ぎ込みました。過大な計画を頭に思い描いていたのです。母は、私の魂に隣人男性との恋の炎が燃え上がっていることを知りませんでした。でも、私はすでにジャムシードのいない未来など考えられない状態にいたのです。

私とジャムシードが秘かに密会を重ねていることが、ついに母の知るところとなってしまいました。母は何年もの間こらえてきた沈黙を破り、「もしお前が結婚するようなことになれば、母さんはひとりぼっちになってしまう。お先真っ暗だわ」と言ってきました。そして母は私を、父さんにしたのと同じように、「薄情者」、「恩知らず」となじってきました。

母は取り乱し、精神的にとても危険な状態になったため、病院に入院させるほかありませんでした。母の哀れな姿を見て、私は自分に誓いました。一生お母さんのそばにいよう、どんなときもお母さんを一人にはさせない、と。私は青春の愛の想い出を固く封印し、生きている限り一瞬たりとも一人にはさせないと、母に約束したのです。

ジャムシードはその数年後、私の薦めもあって、他の女性と結婚し、一家の主として数人のお子さんももうけました。この頃は何度か辛い気持ちを胸に抱きながら、ジャムシードのお子さんの誕生日会に出席したりもしましたが、誓いを破ったことは決してありませんでした。私は母を、私の人生のただ一人のパートナーに決めたからです。

年老いた女性はさらに、とぎれとぎれに次のように続けた。
孤独を紛らわし、暇つぶしをするため、私は外国語をいくつか習うことにしました。数年後、私は外国語教室で教師として働くことになりました。私の青春の日々は、こうして勉学に費やされることになったのです。そして母は辛い病気に耐えた末、90歳の時にこの世を去りました。このとき私はすでに60になっていました。

辛い母との死別の後、私はただ一人この世に残されました。人生の唯一の仲間を失った私は、深い悲しみに襲われました。私は孤独から救われたいとの一心で、良い男性と結婚したいと思うようになりました。しかし気に入るような男性は現れませんでした。そこで、やはりこれからも一人で生きていこう、運命を嘆いたりはしないと決心しました。

ところがどうしたことでしょう、80歳になったとき、驚くべき運命が私の人生を一変させました。老人ホームに入居することを決めたときのことです。なんと、あの隣人の男性ジャムシードと再会したのです。私の心臓の鼓動は高まりました。不意に、青春の愛の日々の熱き血潮が体中の血管を駆けめぐりました。

かつての誓い、あのときの夢のすべてが走馬灯のようによみがえり、過ぎ去りし人生に涙しました。彼から聞いたところによると、お子さん方は海外に住んでおり、実家に戻るつもりはないとのことでした。奥様も数年前他界したとのことでした。ジャムシードの口からもう一度、結婚の申し出がありました。私に再び人生の機会を与えてくださった神に感謝しました。何と言っても、残された余生に生き甲斐を見つけることができたのですから。

そこで私は、結婚の届け出をするために、ジャムシードとともに役所に行きました。ところが法律によると、父親から結婚許可をもらわねばならないとのことでした。でも父とは2歳の頃から音信不通です。そこで法律に基づき、〔父に代わって〕私に結婚許可を与えてくださいますよう、裁判所にお願いいたします。

 シールヴァーン判事はこの年老いた女性の話を聞き、戸籍事務所にセターレさんの父親がいまどうなっているのか、はたしてすでに死亡しているのかについて問い合わせた。同判事はまた外務省にも、セターレさんの父親の海路、陸路、ないしは空路による出入国の記録についても調査し、結果を裁判所に報告するよう求めた。

 現在、セターレさんは夢の男性との結婚に向けて、今か今かと指折り数えながら、人生最後の日々を過ごしているところだ。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
関連記事(イラン結婚事情〜なぜ早い?なぜ遅い?:「結婚の日」特別レポート)

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:斉藤正道 )
( 記事ID:15353 )