Fikret Bila コラム:エルゲネコン武器発見で浮かぶ疑問
2009年01月10日付 Milliyet 紙

エルゲネコンの裁判と捜査の2つの軸のうちのひとつは、武力によるテロと、その準備活動に関する疑惑である。イブラヒム・シャーヒンの家で見つかった一枚ないしは複数枚の図面に基づいて行われた空き地の掘り起こし捜査の結果、アンカラのギョルバシュで武器、爆弾、弾薬が発見された。

ギョルバシュでの捜査が終わると、次はアタテュルク森林農園やサクルバフチェとよばれる野原など、アンカラの森林地帯の比較的目に付かない場所で捜索が行われた。警察は、シャーヒンの自宅から見つかった書類、または得られた情報を元に、新たな弾薬庫を捜しているのである。エルゲネコン捜査の始めの頃に、ウムラニエとエスキシェヒルで手榴弾が発見されたが、それと、昨日、アンカラのギョルバシュの掘り起こし捜査で発見された武器や、アダパザルに住むある陸軍中佐のものといわれる家屋で見つかった手榴弾をあわせて考えると、混乱を生み出すために計画された武力テロとその準備の規模が、(本気で取りくまれるべき)本当のことだったという点がはっきりした。

■エルゲネコンの疑惑
エルゲネコン捜査で検証されている基本的な疑惑は、「武力行為を以って国内に混乱を生み出し、クーデターの環境を整え、公正発展党(AKP)政権をクーデターによって転覆させること」と要約できる。この関連で行われた捜査により発見された手榴弾、武器、弾薬は、武力テロと、テロの準備の疑いが、ほんとうのものであったことを示す証拠の性格を持つ。この方向で、捜査が非常に重大な発見に行き着いたことが分かる。

■シャーヒンという要因と疑問
元特別機動隊副局長イブラヒム・シャーヒンは、ススルルクの裁判の最重要人物の一人として有罪判決を受けた。シャーヒンがエルゲネコン捜査において逮捕され、彼の自宅から見つかった図面が示す場所から武器が発見されたことで、いくつかの疑問が浮上した。

1‐シャーヒンの図面を元に行われた掘り起こし捜査で見つかった武器は、ススルルク裁判で言及された紛失した武器なのか、それともエルゲネコンに関係する新たな武器なのか?最初に得られた情報は、この武器がススルルクの時期に紛失した武器とは違うようであること、埋められた時期がススルルクよりずっと後であることを示している。

2‐シャーヒンは、ススルルッル組織で果たした任務により有罪判決を受けた後に、今度はエルゲネコンに加わったのか?ヴェリ・キュチュク、ムザッフェル・テキンなどの人物との親密さは、エルゲネコン事件の起訴状に含まれる複数の書簡から伺える。これらは、彼らとシャーヒンが関係をもっていたことを示している。

■シャーヒンと将校たち
3‐アンカラの政治筋に伝わっている話は、イブラヒム・シャーヒンと、逮捕されたさまざまな階級の現役将校らが関係を持っていたという方向のものである。この主張が正しいかどうかという問いも、大きな重要性を持つ。逃走中といわれる将校のうち一人のアダパザルの自宅で、数多くの手榴弾が見つかったニュースを考え合わせると、この問いの答えは、より重要性を帯びてくる。

■2004年という時期とクーデターの疑い
4‐注意を惹く面は、シャーヒンの図面を元にギョルバシュで行われた掘り起こし捜査で入手された武器に巻かれていた新聞紙が、2004年7月のものであったことである。2003年と2004年という年の重要な特徴は、それが、世間によく知られ、クーデター準備であると噂されたサルクスズとアイウシュウ計画が、この頃に準備されたことである。同様に、非常に議論された有名な「クーデター日誌」もこの時期に属する。埋められた武器と、このクーデター準備の疑惑は、何か関係があるのだろうか?

■そして最後の疑問
5‐勿論、その答えが最も関心されている疑問の一つは、発見された武器と、これらの武器に直接的に関係する人々、そして、(今回、逮捕された)著名な民間人および軍のなかで高位の任にあった人々の間に、どのような繋がりがあるのかという疑問である。検察機構が、捜査の2つの軸の間に、どのような橋を架けるのか、関心の集まるところである。

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( 翻訳者:林奈緖子 )
( 記事ID:15543 )