ワールドカップ出場絶望の戦犯は?
2009年09月10日付 Zaman紙

努力した、心から望んだ、心を一つにしたが、届かなかった。トルコA代表は、2010年ワールドカップのヨーロッパ予選第5グループの8試合目に夢をボスニアで置いてきた。

友好国とのアウェー試合で1-1と引き分けたトルコA代表がアフリカ行きの列車に乗るのはほぼ不可能な状況となった。列車が引き返して戻ってくるかどうかはわからないが、この悲劇的経験は初めてのことではない。以前代表チームを指導した経験のある指導者たちは、ボスニアが4ポイント先行していることが、トルコ代表選手に影響を与えたと考えている。経験豊富な指導者たちは、ファーティフ・テリム監督がポルトガル人の審判バルトロにより不公平な場所であるスタンドに追いやられた(退場)にもかかわらず、テリム監督が審判と長時間やり合うことを正しい行動だと思っていない。ファーティフ・テリムの不在を、その他のコーチたちでは埋めることができなかったと指摘するセップ・ピオンテク、エルスン・ヤナル、ジョシュクン・オザル、トゥナズ・トゥルパンは、選手たちにもこれがマイナスの影響を与えたと考えている。

ファーティフ・テリムと代表選手たちは、ボスニア戦まで弱い相手にポイントをばら撒いてきた。ベルギー戦ではホームで、第5グループで全く有望視されていないエストニア戦ではアウェーで与えたポイントにより、このような状況が形成された。ボスニアをホームで打ち負かし、アウェーで1ポイント獲得したにもかかわらず、対戦相手より4ポイント負けているトルコA代表は、世界中の注目を集めるトーナメントから遠くかけ離れた。歴代でもいい選手を揃えた世代であるA代表の不安定な図式には、国民も驚いている。EURO96に出場後、(ワールドカップ)フランス98を逃し、EURO2000でベスト4に進出し、これを2002年のワールドカップ第3位で飾ったトルコ代表は、ポルトガルEURO2004や(ワールドカップ)ドイツ2006にも出場できなかった。2008年ヨーロッパ選手権では銅メダルを獲得した代表チームは、(南)アフリカ2010の希望を絶たれる寸前だ。EURO2008直後に、トルコがアフリカ2010で歴史に名を残すと考えていた代表チームの元指導者たちは、今は以前のようには考えていない。各々の意見をまとめると、ファーティフ・テリムのストレスがきっかけとなったことである。

その時の緊張感を、「脳の働きを沈滞させる種類のもの」と解説するエルスン・ヤナルは、エムレ選手が受けたイエローカードを不満に思う一方で、テリム監督がスタンドに追いやられることでチームのバランスが崩れ、意気消沈したと話す。ボスニアとの対決をトルコが自ら仕掛けたと指摘するエルスン・ヤナルは、「先に仕掛け、ダメージを対戦相手に与えてきたにもかかわらず、後ずさりしたのはトルコだった」と話す。トゥナズ・トゥルパンとジョシュクン・オザルの共通の見解は、ファーティフ・テリムがフィールドで権威的な存在であることである。監督がスタンドに追いやられたことが選手にマイナスの影響を与え得たことに注目したトゥナズ・トゥルパンは、「ファーティフ・テリムはゲームを動かし、誘導する監督である。テリムがスタンドに追いやられた後はオウズがテリムの代わりを務めた。2人のレベルには違いがある。これは我々にとって大きなハンディキャップとなった」と話す。トゥルパンは、ボスニア代表が4ポイント先行していることも選手たちのストレスの原因になった可能性があると指摘する。テリム監督がスタンドに追いやられる判定が「重すぎる」が、正当だったと考えるジョシュクン・オザルは、以下のように評価する。「監督は審判と言い争そうべきではない。ピッチにいたほうがより影響力があったはずだ。これが選手にマイナスの影響を与えた可能性がある。もし(この結果)ボスニアが予選を通過し、トルコが通過できなかったら、トルコのサッカー史にとり大きな損失になる。」


■サッカー連盟からの協力はなし

アウェーでのボスニア戦で、自分をスタンドに追いやった審判について厳しい発言をした代表チームのファーティフ・テリム監督は、サッカー連盟から協力を得られなかった。マフムト・オズゲネル会長は、審判について議論するのは不要なことだと話した。オズゲネル会長は、フィールドでたとえ大失敗があったとしても、これもサッカーのうちだと話した。連盟の幹部の一人は、審判が意図的にトルコを止めようとしたという主張に賛同せず、「FIFAはボスニアよりもトルコがワールドカップの本戦に出場することを望んでいる」と話した。

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(翻訳者:田辺朋子)
(記事ID:17418)