PKK34名、国境検問所を越え投降
2009年10月19日付 Yeni Safak 紙


テロ組織のリーダーであるアブドゥッラー・オジャランの招集を受け、北イラクからトルコに最初のクルド労働者党(PKK)の集団が投降した。

キャンプから離れた4人の子供と9人の女性を含む計26人のPKK集団が分乗した、警察の同行を受けた何十台の車両に、カンディル山から来た男性4人と女性4人、計8人の同党員が加わった。二つの集団はモースル-アルビル間で出会った。この間、カンディル山から来たPKK党員らは武器を持っていなかったことがわかった。

合わせて34人となった集団は、トルコ国境にて関係者らに引き渡された。

■ カンディル山から出発したメンバーの個々の身元は以下の通り

ハミイェット・ディンチェル(出生1971年、バシュカレ)、
エリフ・ウルダー(1958、パザルジュク/マラシュ)
ヒュセイン・イペキ(1973、オメリ/マルディン)
M.シェリフ・ゲンチダー(1973、スィヴェレッキ)
ムスタファ・アイハン(1985)
ヴィライェット・ヤクット(1980年、ディヤルバクル)
リュトフュ・タシュ(1952年、クー/ビンギョル)
ギュルバハール・チチェックチ(1975年、クー/ビンゴル)

PKKメンバーにはまず「組織のメンバー」の扱いで手続がとられ、供述によっては罪の重さを変え得ることがわかった。問題の「組織のメンバー」の扱い手続きが、カンディル山から来た者のほかマフムル・キャンプから来た者にも適用されるという。

ハブル国境検問所で行われた調査では、PKK党員の集団は治安部隊にではなく、直接共和国検察官に(渡され)、かつシュルナクとディヤルバクルの弁護士団から選ばれた弁護士らが同伴して、事情聴取が行われることが明らかになった。

供述と取り調べの流れは、個人の身元を調べるために治安部隊とともに行う情報交換の結果に関係しているという。

検察関係者らは、取り調べの末に逮捕請求があれば、これがスィロピ法廷で審査されること、逮捕する場合、どの刑務所に入れられるかはディヤルバクル共和国検察局が決定を下すことがわかった。

■ 地域には民主市民党(DTP)党員も

DTPスィロピ県党代表部は、ハブル国境検問所に2キロ離れた駐車場の側にある場所に、ディヤルバクル、シュルナク、スィロピ、ジズレ、バシュヴェリムリ自治体が送った多くのテントや30棟の仮設トイレを設置した。

民主市民党(DTP)アフメト・チュルク党首、シュルナク選出のハスィプ・カプラン議員とセヴァヒル・バユンドゥル議員、ムシュ選出のシッリ・サクク議員、バトゥマン選出のアイラ・アカト議員を含む国会議員の集団と首長がスィロピ県を訪れた。20日の朝、チュルク党首はスィロピで記者会見を開いた。

シュルナク地域のDTP党組織は、通知を行い、今日(20日)行われる予定の出迎えへの参加を要求した。DTP党議会のメンバーとムフシン・コヌル元スィロピ市長は、来たるクルド労働者党(PKK)党員を10万人で迎える準備をしたと話した。

コヌル元市長は、今日を「歴史的な一日」として位置付ける一方、この集団の投降は「歴史的な機会」であると述べた。

民主市民党の郡の組織によって広められた「平和への呼びかけ」という見出しのビラでは、「民主的で名誉ある平和への扉を開き、また歴史的な使命により平和へのプロセスを前進させるといった目的でスィロピから入国する平和の集団を迎え、皆さんが感じ入ってお集まりになり、そしてこの歴史的な日に、民主的で自由かつ恒久の平和を手にするためにやってきた集団と諸要求を共有し、トルコと世界の世論に耳を傾けるために、皆さんを平和の集団を迎え入れるようお招きします」と書かれていた。


■ 女性責任者の姿も

カンディル山から来る予定の集団にいるフィリズという名の女性が、PKK党員とともに一枚の手紙を持ってくること、またこれをトルコ大国民議会に届けようとする予定であるという。同じように、ヨーロッパから来たる集団の中のサキネという女性責任者がいることが明らかになった。

今日(20日)11時に首都で民主市民党の国会議員ら、首長らは国民に向けた演説をし、歌手らがコンサートを開く予定である。

トルコ国内の複数の県の「監視員」、平和活動家、作家、知識人、記者らは、PKKが「平和の集団」と名付けたPKK党員らがトルコへの入国を行うスィロピ県に向かった。

スィロピに来た人のなかには、1999年にオジャラン旧クルド労働者党党首の招集をうけて、武器を持ってトルコに入国した者もいた。

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( 翻訳者:木村納菜 )
( 記事ID:17696 )