ニューヨークでアタテュルクを巡って議論
2009年12月20日付 Milliyet 紙

ニューヨークの国連本部で行なわれたアタテュルク・シンポジウムに参加したアタテュルクの養女ウリュク・アダテペは、アタテュルクに対して「彼は金髪の美女を好み、酒を飲んでいた」と述べたヴァムク・ヴォルカン教授に、「私は、映画『ムスタファ』の中にいるように感じた。この言葉は、私を悲しませた」と反発を示した。
ヴォルカンはアタテュルクの家庭での生活やプライベートな生活、子供時代、初等教育といったことがらについて発言したが、そのことに反発を示したアダテペは、アタテュルクの娘になって、この上なくとても光栄に思っていると述べた。アダテペは、「教授たちの話を聞いていてとても幸せになりました。ただヴォルカン教授の話を聞いているとき、自分が映画『ムスタファ』の中にいるように少し感じました。これは私を少し悲しませたのです。なぜなら、アタテュルクには語られるべきほかの点がたくさんあるからです」と話した。
■トルコはなかった。
発言者の中でレイスマン教授は、アタテュルクがかつて宗教的な圧力の為に発展を遂げられないでいた絵画や音楽、彫刻といった芸術分野に重要性を与えたと説明し、「ムスタファ・ケマルがいなかったならば、今日彼の革命が作り出した近代的で民主的なトルコはもちろん、トルコという国もなかっただろう」と述べた。アタテュルクがオスマン帝国の灰の中からトルコを作り出したと述べたアメリカ人歴史家のマックカーシーも、「植民地主義の諸大国からトルコ人を奇跡ではなく、一人の天才が救った。その天才はアタテュルクであった」と述べた。

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( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:18111 )