Cengiz Dundar コラム:アンカラから南東アナトリアを覆う、濃く厚い霧
2009年12月25日付 Radikal 紙

「クルド問題解決策」に3つの「致命的打撃」を挙げよといわれたら、ためらいなく、つぎの3つをあげることになるだろう。

(1)12月7日のトカト県レシャディイェ郡で7人の兵士が命を落とした「PKK分隊」によるテロ
(2)憲法裁判所による12月11日の民主市民党の解党決定と、一般にもっとも穏健なクルド政治家といわれているアフメト・チュルクが、アイセル・トゥールクをはじめとする多数の民主市民党党員とともに、5年間の政治活動禁止に処せられたこと
(3)多数の自治体首長を含む、新たに作られた平和民主党の何十人ものメンバーに対して12月24日に南東アナトリア諸県で行われた身柄拘束、逮捕の波。

明け方の5時に始められた強制捜査の結果、ディヤルバクル大都市圏下の3つの区(スル、カヤプナル、バーラル)の区長、ディヤルバクル県チュナル郡の郡長、スィイルト市長、バトゥマン市長、シュルナク県クズルテペ郡長、ウルファ県ヴィランシェヒル郡長のほか、トゥンジェリ、バトゥマン、スィルヴァン、ヴィランシェヒル、エルガニ、リジェ、ディジュレ、バーラルの元首長、ディヤルバクル大都市自治体の副市長、DTKスポークスマン、閉鎖された民主市民党のディヤルバクル県代表らが、ディヤルバクルのテロ対策本部により拘束され、取り調べを受けた。
ディヤルバクルをはじめ、イスタンブル、アンカラ、スィイルト、ヴァン、シュルナク、バトゥマン、シャンルウルファ、マルディンでも、同時に強制調査が行われれ、「テロ組織の運営、テロ組織への参加」の罪で、首長たちだけでなく、特に、ヴァン、シュルナク、バトゥマンの組織の首脳陣が標的にされたとみられている。
もしも、一連のクルド問題解決策の目標が、「山ではなく、平野で政治による解決」であるのなら、もしも、目標が「PKKに武器を放棄させること」、すなわち「山に入るのを防ぎ」、「山にいる人々を山から下ろすこと」なら、もし目標がクルド問題を、「暴力と武器から切り離すこと」であるのなら、このような強制捜査は、それとは正反対の目的から行われた、とみなすべきである。

逮捕された人々のなかには、3か月ほどまえ、私が司会をするテレビ番組に出演して、カメラにむかって「私たちは、対話が可能な最後の世代だ」といった37歳の、クルド政治家の若手世代に属すフラト・アンルも含まれる。彼の名前を逮捕者のなかに見出したとき、3か月前の会話を思い出した。フラト・アンルたちが逮捕された結果、そこにいるのは、イムラル島のオジャランやカンディル・キャンプに忠実で、ディヤルバクルの人口の3分の2を占める1才から25才の青少年ばかりとなった。

12月24日の強制捜査は、暗い過去をもち、困難な今を生き、将来に希望をもてないこの膨大な数の若者たちに対し、「お前たちには、町で、そしてトルコの現行法のなかで政治を行うチャンスはない、山に行け」と呼び掛けているも、同然だ。さらには、カンディルやその他の山中のキャンプにいて、山をおりることがいかに困難かを思い知らされていたPKKの武装勢力に対し、「さあ、降りて来い、(刑務所に)ほおりこむぞ」というメッセージを伝えたいるにほかならない。

平和民主党のデミル・チェリキ党首は、「強制捜査が、(クルド問題解決)プロセスにも、政府の意図にも反する展開であることを強調したい」とのべだ。そのとおりだ。くわえて、この発言は、一連の出来事に対し彼がいえるもっとも「軽い」言葉だ。

***

南東アナトリアの状況がこのようである一方、政府のナンバー2、副首相のビュレント・アルンチは、昨日(24日)、イスタンブルで、アンカラを覆う厚い霧のカーテンに関し、記者会見をした。アンカラを覆う厚い霧のカーテンとは、アルンチ自身に対する、特殊部隊に属する大佐と少佐の名が取りざたされる暗殺計画と、この件に関し昨日、参謀本部が行った発表を指している。ビュレント・アルンチ副首相の次の言葉は印象的だった。「私は何年も、法律家、弁護士として係争にかかわってきた。ある人が、ある罪に問われ、それを認めれば「認知」であり、やっていないといえば、「否認」である。私はやったが、目的は別だった、といえば、「条件付き(tevil)認知」となる。「tevil(解釈、言い換え、すり替え)」の語を含む他の決まり文句も知っているが、ここではこれにとどめましょう。」

アルンチ副首相は、この言葉で、参謀本部が昨日行った発表にあった「ビュレント・アルンチは標的ではない。大佐と少佐は、別の軍人をねらっていた」という意味の発表を念頭においていた。彼が口にしなかったtevilという語を含む決まり文句が、「戯言は、ごまかせない。Zırva tevil götürmez」であることは明らかだ。つまり、正しい言い方で、ビュレント・アルンチ副首相は、参謀本部のこの件での発表を、「ごまかせない」戯言だといったのだ。

参謀本部の発表が、世論を納得させるには程遠いものであることは、明らかだ。そもそも、参謀本部がなにか発表を行うときは、問題は解決には程遠く、逆に、混乱を増長させるるのが常だ。今年だけみても、ポルヤズキョイの地中からでてきた武器に関し参謀本部のトップは、これらは我々軍とは無関係だとしたけれども、まもなく関係があることがわかった。そこからの出土物に対し、参謀本部トップは、「管(くだ)」だと説明したが、しかし、この管だといわれたものが軍の武器であることが判明した。「反動に対する行動計画」に関してトップがいった「一片の紙片」は、あとになって、直筆サイン入りの書類であることが判明している。

最近の参謀本部の発表がいったい何を意味するのか知りたいと思ったら、ビュレント・アルンチ副首相の言葉をみるがいいだろう。トルコメディアの一部では、「アルンチ副首相に対する暗殺計画疑惑」が大々的に報じされている。エルゲネコン裁判を批判し、それに水をさすことを「職業的使命」としているものたちも、この点では、一緒になった騒いでいる。ビュレント・アルンチは、こういう連中や共和人民党にむけて、次のように述べている。「この問題を、風刺のネタにしたがる人たちのことを理解できない。人生を、ひとをからかうことだけで生きている人には、何も期待できない。それに、「残念ながら、これは茶番劇だ」といった国会議員もいる。その人は党首命令で、エルゲネコン裁判を傍聴だけしている。いつもは、エルゲネコン裁判(の行われるシリブリ)にいて、たまに時間があると国会にやっているくるその議員が、こんなことをいうのは、まあ、当然だ。人々が好き勝手を言っている。そのうえ、その党の党首は、この問題を、ベルルスコーニ症候群などといっている。症候群なんてありはしない。この種の事件は、事の大小にかかわらず、なんらかの疑いがあるなら、まじめにとりくまなければならない。しかし、(共和人民党は)事件を自己中心的につかって、国民を馬鹿にしている。」

***

2009年もあと1週間を残すだけとなった今、トルコは、非常に奇妙な国の様相を呈している。だれにもアンカラでなにがどうなっているのか、誰が何をしようとしているのか、完全にはわからない。だれにも、南東アナトリアを襲った、この時期の、これほどの「大波」が、何のために行われたのか理解できずにいる。その背後にいるのはだれなのか、わからない。

わかること、明白な唯一のことは、全トルコの地表がアンカラを起点とする濃く、厚い霧の雲の下にあり、視界はゼロだということだ。アンカラからは、南東アナトリアは、この霧のなかでみえてこない。

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( 翻訳者:トルコ語メディア翻訳班 )
( 記事ID:18145 )