クリム・タタール、アンカラでテプレシュを祝う
2010年05月30日付 Zaman 紙

クリム・タタールたちはアンカラ県ポラトゥル郡にてテプレシュを祝った。

ポラトゥルクリム・タタール文化協同協会によりウチ・プナル村の緑地にて行われたテプレシュ祭には、ギュルソイ・オスマン・ビルギンポラトゥル郡長やヤクプ・チェリキ市長、ヴェリ・サン共和国主席検事、メティン・ドゥズ(ポラトゥル)郡軍警察司令官、そして政治家や市民団体代表者などと共に、多くのクリミア出身のポラトゥル住民が参加した。

トルコ国歌とクリミア国歌であるアント・エトケメンの斉唱の後、クリム・タタール文化協同協会の青年部メンバーたちは民族舞踊のショーを行った。祭りでは郷土料理のコンテストやタタール地方のレスリング、テプレシュ指導者の選出が行われた。

テプレシュ祭のオープニング(セレモニー)にて挨拶を行ったポラトゥルクリム・タタール協会のアリ・サイト・テムレル理事長は、祖国から追放されたクリム・タタール人たちが同化されることを妨げたのはただ一つ、言葉と文化の保持であると述べた。同氏は以下のように話した。

「66年前の1944年5月18日に、クリミアで暮らすタタール人たちは一斉に追放の憂き目に遭いました。その後で忘れられていたある村の住民たちさえも、船一杯に詰め込まれてアゾフ海に沈みました。追放を被った人々の中で、クリム・タタール人たちが同化されることを妨げたものは、言葉と文化の保持でした。今年の5月18日に私と理事の友人たちは、クリミアでの哀悼集会に参加しました。そこで同族たちの痛みを共有しました。今日ポラトゥルで暮らすわれわれは追放を(直接)経験していませんが、同じ痛みを共有しているのです。」

またテムレル理事長は、「テプレシュ」は「結合と春を迎えること」という意味となること、そして同時に次の収穫期も実り多きものとなるよう祈りが捧げられる祭りであると述べた。

ビルギン郡長も、郡にてテプレシュ祭が行われたことを喜ばしく思うと話し、伝統が保持されることは「称賛に値する姿勢」であると述べた。クリミア系トルコ市民を誇りに思うと述べる同氏は、「タタール・トルコ人たちの連帯感の強調は、われわれにとって重要性を持っている」と話した。

ポラトゥル市長のチェリキ氏は、テプレシュ祭のような行事のおかげで人々の連帯感が強化されていると述べた。クリム・タタール人たちが祖先の土地から、祖国から切り離されたことは「人道上の恥」であるとする同氏は、以下のように話した。「ここでわれわれが手に手を取って協力することは、この人道的罪を犯した人々を忌むことであり、このような企てを目論む人たちを脅かすことになるのです。いかに異郷で息災なく暮らしていても、やはり祖国なのです。歴史上起きた悪い事件のために行われる追悼式典は、今日このような悪い出来事を実現しようと考える人々に対する1 つの答えとなりましょう。だから重要なのです。」

祭りの中で開催された料理コンテストでは、11種類のタタール料理が行事に集まった人々によって試食された。参加者たちはソルパ・スープ(子羊の肉入りスープ)やギョベテ(タタールのパイ)、チー・ボレイも含まれる料理の中でどれに票を投じるか困惑したようであった。

コンテストでは、1位にギュリュザル・タンさん、2位にサーデト・スネルさん、3位にアイヌル・オズバイさんが選ばれた。

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( 翻訳者:指宿美穂 )
( 記事ID:19273 )