メスト・エジル秘話―テリム監督の要請で私が会ったが、エジルはドイツを選んだ
2010年06月15日付 Hurriyet紙

「まずメストに電話した後、彼の父親と話した。父親は、息子はドイツ代表としてプレーすると述べた。」

もともとメスト・エジルの問題は、何年も血を流しているトルコの傷である。トルコで新しいサッカー選手を発掘する作業は、ヨーロッパでトルコ系のサッカー選手を探すという作業になってしまっている。そして、友達や自分と親しいコーチがいれば、ナショナルチームのなかで、彼らに仕事が与えられてきた。ヨーロッパの代理人に関しても、同じことが起きた。私は個人的にドイツへ飛んで、20以上のトルコ系のチームで面接を行った。街から街へと訪ねまわった。ヒュッリイェト紙のおかげでこの仕事ができた。そこでの面会の約束を取り付けた。そこで聞いた苦情は、すべて、上に書いたことにつきている。ヨーロッパに、他にいくらでもメスト・エジルのような選手がいる。

さて、メスト・エジルの話をしよう。「ファーティフ・テリム監督はメストを代表に入れるのか、入れないか?メストはトルコ代表に来るのか来ないのか?」という議論が続く中、私はメストに電話をかけた。

■父親はマネージャーのようだった

まず彼自身と、それから父親と話をした。彼らが、私に最初に言ったことは、紙面上で彼らにあまり関係のない話が書かれ、そしてこのことで怒っているということだった。テリム監督の別の説明も新聞で読んだ。彼も違うことを言っていた。そのあと、メストの父親であるムスタファ・エジルともう一回電話で話した。父親はマネージャーのようだった。はっきりした言葉は使わなかったが、文句を言っていた。

その時に気づいたのだ、この親子の気持ちはトルコにはないと。だが、トルコでは全く逆の報道がされていた。ちょうどこのころ、ある日、私にテリム監督から電話がかかってきた。「エルマン」と言って、続けた。「このメスト・エジルの件で、どうしても手助けしてほしい。なぜなら、これはナショナルチームの問題なんだ。メスト・エジルが必要だ。代表の中に彼の姿を見たい。君はメストとその父親と会ったというじゃないか。仲介してくれたらありがたいのだが。」私は「喜んで」と答え、メストの父親にもう一度電話した。

■テリム監督を根拠のなく責めないでもらいたい

今回はあいまいな態度はあり得ない。というのもテリム監督は私を使いに任命したからだ。彼らははっきりとした回答をせざるを得なかった。そして、息子はドイツ代表としてプレーすること、その方向で決断すると言った。神のみぞ知ることだ。私も安心した。なぜならこの件が未決定のままという状況を脱したからだ。だがその頃、そしてもう少し後になっても、テリム監督はこの件で罪を着せられ続けた。私も、そのころは、この件をあまり言葉にしなかった。

なぜなら私は新聞記者で、テリム監督は私に一人の友人として電話してきたからだ。これは記事にはできなかった。だが、いま見ていると、テリム監督は非難されようとしている、それも、罪はないのに。この件でテリム監督が何を考えていたか、そして何を行ったかを知っているものとして、私はこの記事を書かざるをえなくなった。

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(翻訳者:脇西琢己)
(記事ID:19495)