ネヴィン・ヤヌト、100米女子障害で欧州チャンピオン
2010年07月31日付 Hurriyet紙


12秒71でトルコ記録を破り、準決勝で順当に第1位となったネヴィン・ヤヌト選手は、決勝でこの記録を0.08秒秒縮めて12秒63で金メダルを獲得した。

歴史の授業では誰もが時代は変化するということを学んだ。たとえばファーティフ・メフメト2世のイスタンブル征服は新時代の始まりとみなされている。トルコの陸上界は2002年にシュレイヤ・アイハン選手が1500メートル走でヨーロッパ王者となったことで新たな時代に入った。その後エルヴァン、アレミトゥ、ハリル・アッカシュらの成功が続いた。昨夜(30日)新時代からさらなる時代へと突入した。ネヴィン・ヤヌト選手はバルセロナでのヨーロッパ選手権で、トルコ陸上界に「宇宙の時代」ともいうべき時代をもたらした。100メートル障害のような技術と速度が要求される種目でヨーロッパ王者となった。

■幸運の都市バルセロナ
実は決勝進出は準決勝の時点で明らかになっていた。ヤヌト選手は12秒71で準決勝を第1位で通過した一方、トルコ記録を0.031秒の差で破り、しかも最後の数メートルで減速していた。最近ではこれまたバルセロナにおいて12秒74でこれまでの記録を破ったネヴィン選手にとって、カタルーニャは幸運の土地であった。
誰もがまずドイツのニトラ選手がチャンピオンになるだろうと予想していた。しかしニトラ選手の12秒57という記録は標高の高いローザンヌで出した記録であった。彼女の古い記録は、メルスィン出身ネヴィン選手の記録に近いものであった。要するに恐れることはなかった。もちろん世界室内陸上競技王者のアイルランド人オルーク選手がおり、若きノルウェー人のヴキチェヴィッチ選手がおり、ロシア人のデクトヤロヴァ選手がいた。しかし我らがネヴィン選手はこれらのだれよりも度胸があった。4年前スェーデンのヨーテボリでの最初のツアーで障害競技に参加した、そしてオリンピックと世界選手権のセミファイナリストであるネヴィン・ヤヌト選手の時代がきた。
ネヴィン・ヤヌト選手はピストルの音とともに前に出た。最初の障害物を通過した時点で、ライバルたちは彼女の後ろにいた。最後の障害までオルーク、ニトラ両選手が迫っていた。私は2002年にシュレイヤ・アイハン選手がスザボ選手の追随を許さなかったことを思い出した。ネヴィン選手もライバルたちの追随を許さなかった。ゴールテープを切った瞬間、どのようにすべきかわからなかった。どのように喜ぶかも決めていなかったのだ。そして泣きながらその場でジャンプをし始めた。おそらくライバルたちがそばに来てハグをしてくれて初めて、自分が何を成し遂げたのかを飲み込むことができたのだ。ネヴィン・ヤヌトはヨーロッパ王者となった。

■行け、メルスィンっ子!
これはヨーロッパ選手権史上トルコにもたらされた3番目の金メダルである。メルスィン出身のネヴィン選手の大きな、あまりにも大きな成功である。ジュネイト・ユクセルコーチから、トレーニングパートナーのエセン・クズダー氏に、そしてもちろん彼女をバックアップしてくれていたフェネルバフチェ・クラブに感謝を。次は来年韓国テグ市で行われる世界選手権である。そこで12秒60を切ったなら、ロロ・ジョーンズ選手やプリシラ・ロペス=シュリエプ選手に十分に挑むことができる。行け、メルスィンっ子!
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■本当に気が動転してしまった
ネヴィン・ヤヌトは、「自分が勝利したとわかりませんでした。後になってスクリーンに自分の名前とジュネイト・ユクセルコーチが映し出されているのをみて、そしてトルコ国旗も映し出されたので、『やった』と思いました」。
女子100メートル障害でヨーロッパチャンピオンとして偉業を達成したネヴィン・ヤヌト選手は、レースのあと喜びのあまり、地面に寝転がった。その後トルコ国旗とともにスタジアムを一周したネヴィン選手は、感想を次のように述べた。
「本当に気が動転しました。本当にとても幸せです。これは今まで望み、夢に見てきたことでした。信じられないでしょうが12秒63を達成するとさえ書いていました。トラックにでた時も、(やってやる!)と思っていました」
ネヴィン選手はこの日のために何年も非常に努力したと強調し、次のように続けた。「私の努力は報われました。感謝しています。レースが終わったとき自分が勝ったとはわかりませんでした。その瞬間はただゴールテープを切ることを考えていました。本当にその瞬間、何をしたのかと今でも考えています。その時思っていたのは、トップでゴールテープを切ることでした。その後スクリーンに自分の名前とジュネイト・ユクセルコーチが飛び上がっているのが映しだされたのを見て、さらにトルコ国旗も映されたのを見て、やった、と思いました。自分の名前をみて、本当に私の名前だ、と思いました。私の夢が実現しました。夢にまで見た記録でした。もっといい記録が出せるのではと思っています。今世界選手権が行われたらよかったのに。なにも思い出せません。まるで夢のようです。明日ニュースを見たら信じられるでしょう。まるで昼寝をして、起こされるようです」

■シュレイヤとエルヴァンを超えた―ネヴィン・ヤヌトのレースは最も難しい
トルコ陸上競技史上最も大きな成功だ。以前にシュレイヤ・アイハン選手とエルヴァン選手がヨーロッパチャンピオンとなった。しかしそれらの競技は中・長距離のレースだった。一方方ネヴィン選手の100メートル障害は世界で最も難しい競技の1つである。

■筋肉、白筋(瞬発力)、赤筋(持久力)
全力疾走(スプリント)と大変な筋力、双方が必要とされる。つまり少し専門的に言えば、スプリントの筋肉と白筋で
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ある…。またこれらは人間が生まれつき持っている筋肉である。中・長距離の筋肉は赤筋である。これらは トレーニングによってできる筋肉である。白筋は赤筋にもなる。しかし赤筋は白筋にはならない。

■科学的研究の必要性
そのためスプリンター(短距離選手)は非常に注意深くトレーニングを行う必要がある。節度を保ちながら行ない、やり過ぎないように。そうしてスピードを与えてくれる白筋を赤筋にしないようにしなければならない。つまり大変な科学的研究が必要なのだ、短距離走のレースには。短距離走の中の障害物走には別の科学的研究も必要である。

■世界一難しいレース
なぜなら障害物を飛び越えることは別のことで、走ることとは全く別の技術である。障害物を越える技術と走る技術を共に備えるのは世界で一番難しいことである。これは3000メートル障害とも違う。障害物と障害物の間で歩幅を整えて走ることになる。この歩を進める際、スピードを落とさないようにしなければならない。

■トルコ人初の成功
つまりこれらの全てをともに満たすため、信じられないほどの技術的練習が必要となる。天与の素質で1500、5000、10000メートルで王者にはなれるが、素質だけで100メートル障害で王者となることはできない。これをはじめてトルコ人選手が成し遂げている。ヨーロッパチャンピオンとなっている。

■世界レベルの記録
また、世界レベルの記録をだしている。12秒63は世界レヴェルの記録である。12秒63はオリンピックや世界選手権でメダルを獲得できる記録である。チャンピオンにもなり、素晴らしい記録でチャンピオンとなり、非常に大変な競技でチャンピオンとなった。トルコ陸上競技史上これに匹敵するような成果は未だない。

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(翻訳者:永山明子)
(記事ID:19825)