4000年前のガラス発見―キリス遺跡
2010年08月20日付 Radikal 紙


キリスのオイルム・ホユクにおける発掘で、ガラスがアナトリアでは最も早い時期から容器に使用されていたことを示す考古遺物が出土した。

イスタンブル考古学博物館研究員で、オイルム・ホユク発掘団の代表を務める考古学者のシェニズ・アティキ氏は、ガラスが自然の状態-すなわち黒曜石や水晶で発見されたことから、ガラスがかなり早い時代から認知され、いくつかの道具の製作に用いられてきたことがわかると語った。

アティキ氏は、砂、炭酸ナトリウム、石灰石などの混合物から得られた人工的なガラスが知られるようになるのは、より遅い時期-紀元前4千年紀の終わり、あるいは3千年紀の始めで、当初ガラスは容器の上薬として、あるいは小さな玉を作るのに使用されたと説明し、こう続けた。

「人口のガラスから瓶や食器が作られるようになるのは、もっと後の時代です。今日までに知られる最も古いガラス容器の破片は、ハタイ近郊の、アララクフとして知られるテル・アチャナ・ホユクで見つかりました。これも紀元前2千年紀の中期に年代づけられています。ただ、オイルム・ホユクの今年の発掘で見つかった、上薬としてガラスを用いた瓶や取っ手のついた容器は、今日までにアナトリアで知られる最も古いガラスの使用例です。出土品は中期石器時代のII層から出ました。よってこの出土品は、紀元前2千年紀前半に年代づけられます。ここで発見された物は、紀元前2千年はじめに、人工的に作ったガラスが上薬として容器に使用されたことを示す、最古の証拠品です。

■最古のガラス利用
 
アティキ氏は、アナトリアで最も古いガラス玉がオイルム・ホユクで使用されていたこと、北イランのディンカテペでも同様のガラス玉が多数見つかっていることを明らかにした。アティキ氏によると、一部のガラス玉は2千年紀の前半から、特にアナトリアのトロイ、ボアズキョイ、アリシャル、アララクフとイランのゲオイ・テペの発掘で出土しているが、これらの出土品はきちんと年代づけることができていない。アティキ氏は、「こうした理由から、オイルム・ホユクの歴史年代のわかる層から出土した玉は重要なのです。ディンクハテペの玉もゲオイ・テペやアナトリアの他のガラス玉も製作場所はわかっていません。特に北シリア地域、あるいはメソポタミアがガラスの製作が最初に行われた場所として知られています。」と語った。

■ガラス製作の跡

 アティキ氏は、オイルム・テペへ来た際、「ここで必ずガラスが出る」と発言していたが、今回の発見について、驚くことはないという。アティキ氏は、アナトリアでガラスの加工や製造を行っていた場所がオイルム・ホユクだったと語り、こう説明した:
「オイルム・ホユクは、歴史上いつの時代もメソポタミア-アナトリアの間の重要な商業道路上にありました。ですから、今後ここから紀元前2千年紀のガラス製作場が見つかると期待しています。この遺跡の遺物はアナトリアのガラス史の観点から、現時点でもこれ以上ないほど重要なものです。オイルム・ホユクにおける今年の発見は、今後も素晴らしい発見があることを示唆してくれています。」

キリスから東に10kmほどにある、同じ名前の村に隣接する高さ22~23m、面積17万㎡のオイルム・ホユクは、トルコと西アジアにある最も大きなホユク(塚上の遺跡)のうちの1つだ。

オイルム・ホユクでは現在、エンギン・オズゲン教授とその協力者であるアティッラ・エンギン講師を中心に、ハジェッテペ大学のチームと、ジュムフリエト大学、ムスタファ・ケマル大学からのチームが調査を行っている。

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( 翻訳者:杉田直子 )
( 記事ID:20000 )