Taha Akyol コラム:TVドラマ「華麗なる世紀」を考える
2011年01月10日付 Milliyet紙

TVドラマ「華麗なる世紀」に寄せられた反発とジャン・デュンダルの映画「ムスタファ」に寄せられた反発は、互いによく似ている。理想化されたものがそこに描かれていないという反発だ。

たとえば、「ムスタファ」映画でアタテュルクは孤独に苦しむ、問題をかかえた男性として表現されていたが、真実は国民全てが彼と一緒だったのだ!といった反発。…

しかしアタテュルクが、いかに孤独に苦しみ、実際に憂鬱な日々を過ごした指導者であったかは、彼に最も近い人物のうちの、たとえばファーリフ・ルフクやハサン・ルザー・ソヤクの回想から知られている。

大衆のカリスマであることと、私生活において孤独に苦しみ憂鬱を感じ、それに精神的な影響を受けることは、まったく別のことである。この私的な状況は、その軍事的・政治的才能、その成功や功績に影をおとすものではない。

■飲酒の議論

オスマン帝国史のなかで、バヤジッド2世のほかに聖人といわれたスルタンはいない。その彼も、聖人と言われるようになってから、酒をやめたのだ。スルタン全てが酒を飲んだかどうかは知らないが、大酒飲みは少なくなかった。モッラー・フェナーリは雷帝セリム1世を、飲酒で非難したが、その言葉は彼に届かなかった。しかしこの雷帝は、アナトリアの統一とバルカン半島への(オスマン帝国の)定着に大きな貢献をしたのだ。

スレイマン1世は、飲酒で有名な人物ではなかったが、息子(のセリム2世)は「酔っぱらいのセリム」という渾名で知られる。飲酒を禁止したムラト4世はまさに大酒のみだった。他に例をあげて数えあげる必要はないだろう。ハリル・イナルヂュク師は東洋文化とオスマン文化における「飲酒」の伝統や、文学、美術への(酒の)貢献を語っている。アタテュルクの食卓でもこの「飲酒」の伝統が続いていた。問題は、スルタンやアタテュルクを、「酒宴」や「飲酒」、「(イスラム的)禁忌」といったファクターをとりだして語ることであり、それは大きな間違いである。

■TVドラマとはなにか

イルベル・オルタイル氏やエルハン・アフヨンジュ氏のような私が信頼する、観念的な偏見から遠い歴史学者は、このTVドラマ「華麗なる世紀」について、「これはTVドラマだ。ドキュメンタリーではない」と言っている。この言葉のとおり、すべてのTVドラマや映画には、ある程度の誇張表現や創作はつきものだ。TVドラマ「華麗なる世紀」も同様だ。

初回の放送では、ハレムの暮らしと飲酒が強調され、ゴシップ記事のような内容だった。しかし製作者のハリト・エルゲンチは、「これからの放送ではイメージどおりのスレイマンも見いだしていただけるでしょう」と述べている。つまり、モハッチの戦いやペレヴェゼの海戦もなんらかのやり方で場面に現れるらしい…ミーマール・シナンもたぶん番組に登場するのだろう…

そうなると、私としては、スレイマン1世が世界地図の前にたち、なぜヨーロッパでプロテスタントを支持していたのか、なぜインド洋と太平洋へ艦隊を送ったのかを説明してほしくなる…。この時代の「国際的戦略」について多少なりとも、何か学ぼうじゃないか。スレイマンがなぜ、「立法者(カーヌーニー)」といわれるのかも、描いてほしい。あるいは、スレイマン1世の時代、アナトリアをめちゃくちゃに破壊した領土問題とジャラーリの反乱についても・・・。

■歴史を学ぶ

しかし、ちょっと待った、だ。これらがみな入ってきたら、TVドラマの調子は狂うだろう。ドキュメンタリーどころか、さらにつまらない歴史の授業になるかもしれない。TVドラマというのは、視聴率と広告収入のため、人の興味をひき、続けてみたくなるような要素に重きをおき、さらにフィクションを作り上げ、でっち上げる、そういうものなのだ…。

文学小説をもとにして作製されたTVドラマや、その恐ろしいほどの視聴率を思い出してもらいたい・・・!
最もよいのは、TVドラマがそういうものであることを知り、歴史を学びたいのならば、まじめな歴史学者たちの本を読むことだ。

しかし、次のことも決して忘れてはいけない。歴史上のある時代というのは、絶対的な黒(悪)でも、絶対的な白(善)ではない。なぜなら人間は、美徳と悪徳を含みこんだすべてなのだから。

(本記事はAsahi中東マガジンでも紹介されています。)

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(翻訳者:尾形知恵)
(記事ID:21153)