「シリア革命」を世界に発信するネット活動家たちの素顔
2011年04月29日付 al-Quds al-Arabi紙

■ネット活動家が「シリア革命」を世界に発信

2011年04月29日『クドゥス・アラビー』

【ベイルート:AFP】

5年ほど前までラーミー・ナフラ青年は、シリアのバッシャール・アル=アサド大統領を熱烈に信奉していた。だが今や彼は、政権打倒を求める「シリア革命」の、最も知られたネット活動家の一人となった。

「マラーッズ・ウムラーン」という仮名で、ラーミー・ナフラは一群の活動家たちと共に、ツイッターやフェイスブックといったSNSサイトを通じて、携帯電話で撮影された写真を添えた「革命」のニュースを逐一発信している。

ラーミー・ナフラ(28歳)は、今年始めにひそかにシリアを出てベイルートに向かった。40回以上も取り調べを受けた彼は、シリア当局に逮捕されることを恐れて出国したのだ。レバノンの首都ベイルートの小さなアパートで、青い目をしたこの小柄な青年は、長い時間をモバイルPCの前で過ごし、Eメールや携帯電話を通じて受け取ったシリア情勢に関する情報を広めている。

またラーミー・ナフラとその仲間たちは、シリア国内にいる活動家や目撃者に連絡できるよう、電話番号を報道機関に提供しており、抗議行動が始まって以来、頻発しているように、電話での連絡が困難な時には、ネット電話のスカイプを利用して連絡が取れるアドレスや、衛星携帯電話「スライヤー」の番号を提供している。

ラーミー・ナフラは言う。「僕たちはシリア国内から発信できる国際メディアの不在を部分的に埋め合わせている。僕たちが事態を伝えなかったら、革命が広まる事もなく、未然に抑え込まれただろう」。

ダマスカス大学で政治学を学んだこの青年は、いかに自分がシリア大統領の「完璧な支持者」から、体制打倒を求める活動家に変身したのかについて語ってくれた。「僕は大統領が大好きだった。他のシリア人と同じように、政権に吹き込まれたプロパガンダを信じていたんだ」。

だが彼は2006年に、友人だった女性の一人が兄弟の手によって「名誉殺人」で殺されたことをきっかけに、変わり始めた。「犯人はたったの6カ月で釈放されたんだ。シリアの法律では、名誉殺人の場合に減刑されると定められているから」。

名誉殺人についてさらに知るために、ラーミー・ナフラはある友人を通じてインターネットと出会った。そして自分自身のコンピューターを手に入れ、人権擁護団体の活動家に転身した。「インターネットのおかげで僕は抑圧と自由の不在の大きさに気付き、政治活動家になった」。

「広報」の役割に加えて、ラーミー・ナフラと仲間たちは、シリアでの抗議デモのコーディネートにも関わっている。「デモ隊に加わっている、数百もの小さなグループで活動している現地の若者同士の調整にあたっているんだ。こうしたグループ間を調整して、革命の合同執行部のようなものを作るために」。

「僕にとってさえ、デモの規模は驚きだった。僕は体制崩壊の必然性を信じている。革命を抑え込むことはできないからだ」「世界に知られないように好きにふるまうことが出来るならば、シリア政府は国民全体を殺すに違いない。だから僕たちは、シリアで何が起きているのか国内外の誰でも知ることができるよう、活動している」。

当局に気付かれることなく数週間をシリアで過ごした人権活動家のウィサーム・タリーフも、自分自身おおいに活用しているソーシャル・ネットワーキング網の重要性について、ラーミー・ナフラと同じ考えを持つ。

人権団体「インサーン(人間)」の執行部長であるタリーフは言う。「シリアで起きている事態についての最も重要なニュースは、ダマスカスにいるジャーナリストの手には入らない。それはツイッターその他、インターネット上の通信メディアを使っている活動家を通じて公にされる」「こうしたメディアがなければ、ハマーで起きたのと同じことが今でも起き、数週間たってようやく世界はそれについて知る事になるだろう」。1982年、故ハーフィズ・アル=アサド大統領時代のシリア政権は、ハマー市で起きたムスリム同胞団の蜂起を弾圧し、人権諸団体によれば、数千人を殺害している。

フェイスブック上で「シリア革命」のページを運営している最も知られた活動家の一人であるウサーマ・アル=ムナッジドも、ツイッターを通じて、シリアに関する主要ニュースを世界の各紙に届け、日々配信される「シリア革命の概況」の監修もしている。

ロンドン在住のアル=ムナッジドは言う。「国際メディアとコーディネートして、シリア国内の情報源と連絡を取るのを手助けしている」「アル=ジャズィーラやアル=アラビーヤといったテレビ局にニュースを届けることで、大半のシリア人が国内で起きている事実を知るようになると保障もできる」

実際にアル=ムナッジドとその仲間たちのおかげで、携帯電話やPCのカメラで活動家たちが撮影した、先週の金曜日と今日の金曜日のシリアでのデモの写真が、ネットを通じて直接配信されている。

ベイルートのラーミー・ナフラに話を戻そう。彼は言う。「革命が勃発してから、昼間に停電が起きる2~3時間以外、ほとんど寝ていないんだ」。

目を覚ましているために、ラーミー・ナフラは常にマテ茶を飲んでいる。アルゼンチンをはじめとするラテンアメリカの国々の国民的飲料であるマテ茶には、覚醒作用がある。ラーミー・ナフラは「マテ茶には多くのカフェインが含まれている」と言ってから、冗談っぽく付け足した。「それにマテ茶は、チェ・ゲバラのお気に入りの飲み物だったんだ」。

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(翻訳者:山本薫)
(記事ID:22319)