Serpil Cevikcan コラム:PKKカスタモヌ襲撃の意味するもの
2011年05月05日付 Milliyet 紙

テロ組織PKK(クルド労働者党)が2010年に発表した休戦決定後、長い間続いていた沈黙が、総選挙の数週間前に破られた。昨日(4日)の襲撃の場所と目的が非常に重要である。

■抑制不能の勢力か?

タラフ紙のコラムニスト、エメル・ウスル氏は4月27日に発表したコラムで、PKK内部の、とくにトルコの地下組織との関係が伝えられている一派が選挙前にオジャランに関わらずテロ活動を行いうること、黒海地方のナショナリスト・グループを刺激する目的をもって行われる可能性のあるテロ活動は警察を標的としうることを明かした。ウスル氏はカスタモヌで4月末にPKKに対して行われた作戦が、この文脈において重要であったと述べ、警察官僚が打ち出したこのシナリオの激烈さに注意を引いた。このシナリオがよりどころとする点の一つは、オジャランとカラユランが最近の声明で警察を標的とするとしたことであった。
カスタモヌで首相府一行に同行した警察車両に対して行われた襲撃をうけ、答えを出す必要のある基本的な問いのうち一つは、“イムラルのアブドゥッラー・オジャラン”のコントロールから外れたと言われている制御不能の勢力が、選挙期間を好機とみてテロ行為を行うかどうか、である。
この問いに対する答えが「いいえ」であったとしても、PKKがいつも東部や南東部に注意を引くために行ったように、休戦をまた反対側から打ちこわし、少しずつ終わらせていくと言えるのだ。

■組織の12月決定

我々に伝わってきたニュースには、組織が先12月に実現させたHPG拡大軍会議でテロ活動を黒海地方の内陸部と地中海地方へ移行させていく方向で決定を下したとあった。この決議の後、組織はサムスン、カスタモヌ、シノップ、ボヤバト、ウルガズまで進出を試みていると伝えられている。
昨日の襲撃は、7人のPKK党員が殺されたトゥンジェリ作戦の報復であると考えられている。ボヤバトで先月、3人の警察官が負傷した4人組による襲撃が、ビンギョル‐イルベイの谷で殺された4人のPKK党員に対する報復として実行されたことも記憶にある。

■この2カ月で起こったこと

昨日のテロ行為がPKKもしくはその関係にあるものによって実行されたという公式発表はなされていないが、事件を分析する際にこの2カ月の間に起こった出来事を思い出すことは有効である。民主的解決プロジェクトが推し進められる前、BDPとオジャランが反発を強めた日々において、レジェプ・タイイプ・エルドアン首相が、現状を、「クルド問題は無い、私にとっては終わった」と述べたのを我々は耳にした。
またレイラー・ザナやハティプ・ディジュレのようなクルド人有権者の側に立って強く主張する候補者が、YSKの手によって最初に受け入れられ、その後拒絶された後、再び認められるというプロセスを経験した。
そして4月26日にカスタモヌ郊外でPKKに対する大規模な軍事作戦が行われた。4月27日には弁護士と面会したオジャランが、「警告する。今後起こることの責任は私にはない」と述べた。オジャランは警察を指し示し、組織メンバーへ、「自分自身を守るのだ、答えを出すのだ」と語りかけた。
4月28日にも、組織の2010年の休戦決定後の最も包括的な軍作戦とされるトゥンジェリ作戦が実行された。最近2週間のうちに行われたディヤルバクル中心部の2大KCK作戦では、約100人が逮捕された。
この状況が、長い間自身の支持基盤にメッセージを与えたがっていた組織を、流血の伴うテロ行為にけしかけているということに、ほぼ誰も異論はないだろう。
これに対し、アンカラでは最近、オジャランと行われた会談も含め、さらに大きな混乱を防ぐための努力がなされていると言われている。選挙を目前にして、再び深刻なプロセスの入り口に我々はいる。

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( 翻訳者:吉岡春菜 )
( 記事ID:22388 )