EYÜP CANコラム:女性に対する暴力に関するあきれた見解
2011年08月04日付 Radikal 紙

女性に対する暴力が瀕している深刻な局面と、宗務庁の宗務ワクフ従事者組合代表、リュトゥフィ・シェノジャク氏の小学生の作文レベルの提言との間にある隔たりについて、みなさんはどう考えるだろうか

「純粋」というなら、そうではない。
かといって「無頓着」でもない・・・。
さながら、宗務ワクフ従事者として話しをしてるのだが・・・。
しかしながら、彼の言うところは、宗教とも、宗務(庁)とも、はたまた知性とも道徳観とも結びつかないものだ。
連日トルコでは女性たちが家や職場、路上で夫から暴力を振るわれ、近親者によって命を奪われている。家族・社会政策大臣のファトゥマ・シャーヒン氏は暴力を振るわれている女性のために「私たちに何ができるか」と検討し;多くのEU諸国で適用されている「ワンプッシュで110番」プロジェクトを普及させようとしているが、一方で宗務ワクフ従事者連合組合の代表、シェノジャク氏はこれに不快感を示している。
というよりも、不快感どころではない...

(彼によると)この種の適用は全くもって倫理的ではないそうだ。
家庭内の問題は家庭内にとどめておかねばならないそうだ。
外から介入することは家族の連帯を揺さぶるそうだ。
挑発的な内容のこの適用は結婚という制度にむしろ被害を与えるそうだ。
警察より前にイマーム(宗教指導者)が調停にあたるべきだそうだ。
暴力に対する「ワンプッシュで110番」は、女性が夫に(暴力の)責任を負わせ、夫も頑なになってしまうという結果を招くそうだ。
警察は暴力を振るわれている女性を助けることはできない、警察が来る前に女性はどうしたってこん睡状態に陥るそうだ。

これで終わらず、さらに続きがある。

婚姻とはある種、神聖な組織であるそうだ。
この種の方策や様々なアプローチでは解決には至らないそうだ。
唯一の頼みは、人々に家族となることがどういうことかを理解するに至る十分な教育を施すことだそうだ。
この種のアプローチは暴力をやめさせるどころかより一層増加させ、夫婦間の不幸と不信を招く要因となるそうだ。

このような病的な異常さにもかかわらず、シェノジャク氏がここでやめておけば、私も「純粋」あるいは「無頓着」といって済ませていたであろう。
しかしながら、これほどまでに「無頓着」であるがゆえ、今度は省へ向けて参照のリストまで作ってしまった。

1.男女双方が信頼できる「調停人」
2.宗務庁家族指導局
3.社会サービス(局)の範囲内で家庭内教育を施す
4.過去の段階を評価するために1.の調停人へ問い合わせる
5.女性は過去の問題が解決していない状況においては、警察に相談する

女性に対する暴力が瀕する重大な局面と、シェノジャク氏の小学生の作文レベルの提言の間にある隔たり(についてどう思うか)は、あなた方の深い寛容さにお任せしよう。

さてそれでは、このような無思慮さに、私たちは何をするか?
宗務従事者の名の下で話しをしているシェノジャク氏は自身の無学さを認識していないのと同様に「この(家族・社会政策大臣の推奨する)適用の背景には無知か、あるいは直接的な利益があるに違いない」と述べるしまつだ。
適用を導入しようとしているファトゥマ・シャーヒン大臣を「無知」、あるいは「個人的な利益がある」と言って非難している。
これにとどまらない。既婚で2人の子を持つ家族・社会政策大臣のファトゥマ氏を「家族関連の組織について完全に熟知していない」といってとがめる。
保守系の公正発展党の、家族政策の責任者である保守的な大臣を、家族関係の組織を知らない、もっと言うならば家族の価値を軽んじていると非難しているのだ。
「暴力を振るわれている女性が直接警察に連絡をするのをなぜ正しいと思わないのか」という質問に対し、「警察を呼ぶことは夫を煽ることになり、より激しい暴力につながりかねない」と答えられる人だ。
このように厚かましいがゆえに、「警察が到着するまでに、煽られた夫はどうしたって女性をこん睡状態に陥らせるよ」と言う。
先ほど言ったでしょう・・・
「純粋」でもない。
「無頓着」なのかといえば、決してそうではない。

(本記事はAsahi中東マガジンでも紹介されています。)

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( 翻訳者:金井佐和子 )
( 記事ID:23537 )