サーレヒー外相、サウジアラビア皇太子の葬儀に出席
2011年10月26日付 Jam-e Jam 紙

 イラン外相はサウジアラビア皇太子の葬儀に出席するため、昨日正午リヤドに向けて出発した。

 外務省の報告によると、アリー・アクバル・サーレヒー外相はサウジアラビアに数時間滞在し、我が国を代表して、リヤドで開かれたサウジのスルターン・ビン・アブドゥル・アズィーズ皇太子の葬儀に出席した。同外相はリヤド入りしてすぐに、アブドゥッラー・ビン・トゥルキー・モスクを訪れ、サウジ皇太子の葬送のための礼拝に参加した。

 同外相はまた、イラン・イスラーム共和国政府のお悔やみのことばをアブドゥッラー国王、ならびにナーイフ・ビン・アブドゥル・アズィーズ第二副首相兼内相に伝えた。

 昨日午後に行われたサウジ皇太子の葬送のための礼拝は、80カ国以上の指導者や高官らが出席し、またイスラーム諸国の著名人たちも参集するなかで、リヤドで開かれた。サーレヒー外相は式終了後、テヘランに向けてリヤドを後にした。

 アメリカからは、ジョン・バイデン副大統領が葬儀に出席した。スルターン・ビン・アブドゥル・アズィーズ皇太子は先週木曜日、ガンによりニューヨークで亡くなった。86歳だった。

サーレヒー外相、リビアに祝辞

 またサーレヒー外相はリビア革命評議会議長に宛てたメッセージのなかで、リビアのムスリム国民の勝利と同国の完全なる解放を祝しつつ、イマーム・ムーサー・サドルとその随行者たちがどのような運命をたどり、今どこに拘留されているのかについての真相究明に、協力を要請した。

※訳注:ムーサー・サドルは1978年8月、カダフィ大佐と会談するためにリビアを訪れた際に失踪した、イラン出身のシーア派宗教指導者で、レバノンのシーア派運動を組織して、同国のその後の情勢に大きな影響を残した人物。イラン政府やレバノンのシーア派組織は同氏が「殺害」されてはおらず、いまだにリビアで投獄されているのではないかとの立場を取っており、お隠れの第12代イマームになぞらえて、「消えたイマーム」と呼ばれている。なお、イラクの反米シーア派指導者ムクタダー・サドルは、従兄弟の孫にあたる。

 アリー・アクバル・サーレヒー外相のメッセージは、リビア革命評議会のムスタファー・アブドゥル・ジャリーリー議長に宛てたもの。

 同外相はその中で、リビア革命の勝利は神の助けと、リビア・ムスリム国民の革命的子供らによる称賛すべき奮闘・努力のおかげだと強調しつつ、リビアでの政治的生活に新たな時代が幕を開けたことで、国民主権の実現に向けた環境が人民自身の手によって整備されることに、期待を表明した。同相はまた、国の安定を保ちつつ、いかなる外国勢力からの干渉・影響も排除しながら、宗教的人民主権のもとづく体制が樹立されることを望むと述べた。

 同外相はさらに、イランはリビア国民をあらゆる分野で支援する用意があることを、改めて表明した。

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( 翻訳者:斎藤正道 )
( 記事ID:24354 )